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辰野勇/株式会社モンベル社長の経歴や学歴は?家族はどんな人?

株式会社モンベル社長の辰野勇氏。

辰野勇氏ほど山を愛しているアウトドア系ブランドの経営者はいないのでは?と思うほど熱意のある経営をされています。

モンベル社長の辰野勇氏の今までの経歴や学歴をチェックしていきましょう!

ちゅうこ
ちゅうこ
辰野勇氏の心意気が素晴らしい・・・

辰野勇/株式会社モンベル社長の経歴は?

<辰野勇氏の経歴>

1969年 21歳で欧州三大北壁の1つであるアルプスのアイガー北壁登攀(登攀)に成功しました。日本人第二登であり、当時の世界最年少記録でした。
1970年 日本初のクライミングスクールを開校。
スポーツ用品店、登山用品専門店、中堅商社の繊維部門で経験を積みました。
1975年 28歳で株式会社モンベル 創業。
1976年 米国デュポン社の繊維素材を採用して寝袋を開発。
1977年 欧州への輸出販売開始。
1982年 株式会社ベルカディア 設立。
1984年 米国のアウトドア用品のアパレルメーカーであるパタゴニアと業務提携。
1986年 株式会社北陸モンベル 設立。
1988年 パタゴニアとの業務提携 終結。
1990年 関連会社 株式会社ネイチュアエンタープライズ 設立。
2002年 モンベルアメリカInc. 設立。
2005年 モンベルスイスSA 設立。
2016年 関連会社 株式会社モンベルホールディングス 設立。

『辰野勇氏の受賞歴』

1994年 関西ニュービジネス協議会・起業家大賞
1995年 日本ニュービジネス大賞通商産業大臣賞
1999年 イタリア山岳会・2000年記念賞
2005年 第1回デザインエクセレントカンパニー賞
2015・2016年 環境省 グッドライフアワード
2016年 第36回毎日経済人賞

辰野勇社長は、冬の登山中に粗悪品の手袋をしていたことで凍傷になり、高機能で安全性の高い装備の必要性を痛感され、株式会社モンベルを創業されたそうです。

起業して最初の1年は、登山用品の注文がほぼありませんでした。

志とは異なりますが、商社時代の元同僚の伝手(つて)で、大手スーパーのショッピングバッグの製造を請け負いました。

初年度の売上の大半は、このショッピングバックだったそうです。

一方で、念願の登山用具の企画開発にも注力しました。最初に手掛けたのは、寝袋でした。

サンプルを持って営業しましたが、無名のモンベル製品を扱ってくれる所は見つかりませんでした。

そんな時、世界的大企業のデュポン社のポリエステル繊維の噂を聞きます。

どうしても、この素材を使いたい。辰野勇氏は、商社時代のデュポン社の担当者に掛け合い、必死で頼み込みます。

その熱意が通じて使用が許可され、試行錯誤の末、軽量でコンパクトで温かい寝袋が完成します。

「こんな寝袋が欲しかった。」と多くの登山者から喜ばれ、モンベル製登山用品の最初のヒット商品
になりました。

その後も、デュポン社の高機能素材を使った商品を次々と開発し、モンベルの名は登山用品業界で広く知られるようになりました。

創業3年目の1977年、日本の市場を十分に開拓できていない中で、辰野勇社長は、アルピニズム(近代登山思想)の本場、ヨーロッパへ向かいました。

モンベル商品をヨーロッパ市場に売り込むためです。

時期尚早のようにも思えますが、登山用具に求められるものは世界共通であり、モンベル製品はその要求に応えられる、という確固たる自信が挑戦を支えました。

海外進出の際に、辰野勇社長が提携先として選んだのは、環境保護でも世界の最先端を行っていたパタゴニア社です。

株式会社モンベルは、パタゴニア社と技術販売提携契約を結び、株式会社モンベルが開発した完全防水素材がパタゴニア社のレインウエアに使用されています。

パタゴニア社商品の日本国内販売は、株式会社モンベルが引き受けたりして、親密な関係を構築しました。

パタゴニア社商品の販売は、なかなか軌道に乗りませんでしたが、アメリカのライフスタイルが日本に浸透するにつれ、徐々に売上は伸びていきました。

辰野勇社長は、パタゴニア社商品が売れれば売れるほど、モンベルというブランドの存在意義が薄れると、思うようになってきました。

経営面でも、他社ブランドに頼りすぎることのリスクや、M&Aが当たり前に行われているアメリカのビジネス界で、パタゴニア社の経営権が譲渡される可能性もあります。

当時、パタゴニア社商品の売上は、全体の4分の1を占めていました。「たとえ、4分の1の売上を失っても、今、パタゴニア社と決別しなければ、モンベルの未来は危うい。」そう決意した辰野勇社長は、パタゴニア社に契約終結を申し入れます。

最初は驚いたパタゴニア社の幹部も、辰野勇社長の真剣な思いを理解してくれました。

日本事務所の開設、スタッフの面接まで手伝い、日本国内のビジネスを全てパタゴニア社に譲渡しました。

この決断で、売上の大幅減も予想されましたが、モンベルブランドだけの売上で、パタゴニア社商品の減少分をカバーし、さらに前年を超える業績を上げることができました。

社員の頑張りと、辰野勇社長のモンベル・オリジナルへの思いが、すばらしい成果を生んだのです。

その後も、商品作りだけでなく、様々な社会貢献や環境保護活動をされておられます。

辰野勇/株式会社モンベル社長の年収は?

こんなに有名な株式会社モンベルですが、上場はしていません。

そのため、役員報酬は未公開です。

あるインタビューで、「今まで、いろんな冒険をしてきましたが、冒険とは何だろう、と改めて考えると、それは”夢”と同意語だったと思います。ビジネスもそうした夢の1つです。楽しくやったらいいんです。」と語っておられました。

ビジネスのため、登山家のために働いておられるんですね。

私は、東南アジアを旅行する際、モンベルのリュックを必ず持っていきます。

道路事情が良くないアジア地域では、スーツケースより便利なんです。

モンベルのリュックは、軽くて見た目以上に物が入ります。

ポケットもたくさんあって使い勝手がとてもいいです。

荷物が多くなっても、肩や腰に負担がかかりません。

背負っているのを忘れるくらい安定していて、身体にフィットします。

<株式会社モンベルの年代別平均年収>

年代別の年収情報は、詳しく公表されていないので、職種別の年収を調べてみました。

営業系【営業・MR・営業企画 他】 450万円(平均年齢:28.0歳)
企画・事務・管理系【経営企画・広報・人事・事務 他】 410.0万円(平均年齢:28.0歳)
販売・サービス系【ファッション・フード・小売 他】 413.3万円(平均年齢:27.7歳)
クリエイティブ系【WEB・ゲーム制作・プランナー 他】 460.0万円(平均年齢:32歳)

全体の平均年収 477万円(回答者の平均年齢:32.9歳)
回答者の年収の範囲は、250~1,050万円と、かなり年収に差があります。

(引用元: en Light house)

株式会社モンベルには、登山、カヌー、サイクリング、キャンプなど様々なカテゴリーに精通した社員が多く在籍しています。

彼らの実体験に基づくニーズが、商品開発に直結しています。この企画力が、株式会社モンベルの最大の武器とも言われています。

企画会議は、かなり盛り上がるんでしょうね。

好きなことを楽しみながら、仕事をしているなんて理想的ですね。

辰野勇/株式会社モンベル社長の学歴は?

株式会社モンベル社長の辰野勇氏の最終学歴は高校です。

高校卒業後から現場で働いていたからこその経営力です。

出身大学

辰野勇氏は、大学に進学されていません。

辰野勇氏は、高等学校卒業後、スポーツ用品店や登山用品店、商社で働かれていました。

出身高校は?

大阪府立和泉高等学校を卒業されています。

辰野勇株式会社モンベル社長の年齢は?

1947年7月、大阪府堺市生まれの74歳です。

辰野勇/株式会社モンベル社長の家族はどんな人?

息子さんと娘さんがいらっしゃいます。

長男の辰野岳史氏が、2017年9月から株式会社モンベルの社長に就任されています。

辰野岳史氏は、株式会社モンベルに入社前は、車の改造業をされていました。機械いじりや、物作りが好きで、「作って、試して、改良してみる」この過程が楽しいそうです。

それが、焚き火台や高さが変えられるテーブルなどのヒット商品の開発に生かされています。

これぞストーリーブランド戦略!

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まとめ

  • 辰野勇社長は、自身の実体験から、高機能で安全性の高い商品の必要性を痛感して、株式会社モンベルを創業し、数々の経歴を残してこられた。
  • たくさんの人の助けと新たな出会いでモンベルブランドの評判が上がっていった。
  • 辰野勇社長は、大きな決断をたくさんされてきた。
  • モンベルは登山家のための商品作りをしている。
  • 辰野勇社長は、たくさんの社会貢献や環境保護活動を精力的にされている。

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