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野田聖子の経歴学歴や評判は?家系図が複雑?

2021年9月29日に、2021年自民党総裁選挙が行われます。

総裁選に出馬した野田聖子議員は、1960年9月3日生まれの61歳です。

野田聖子議員は帝国ホテルの従業員を経て、祖父・野田卯一元建設大臣の地元岐阜を基盤に政治活動を行っています。

過去には閣僚も務めています。

野田聖子議員の夫・文信氏が、元指定暴力団員であることを裁判所が認定したことに対して、野田議員からの説明を求める国民の声がネット上で多く寄せられています。

野田聖子議員の学歴や経歴、政策についてチェックしていきましょう。

ちゅうこ
ちゅうこ
総裁選に出馬した野田聖子議員の複雑とされる家系図が気になりますね。

野田聖子の経歴は?

【野田聖子の経歴】

1987年 岐阜県議会議員
1993年 第40回衆議院議員選挙で初当選
1996年 郵政政務次官(第二次橋本内閣)
1998年 郵政大臣(小渕恵三内閣)
1989年 郵政大臣(小渕恵三改造内閣)
2008年 内閣府特命担当大臣(福田康夫改造内閣・麻生太郎内閣)
2012年 自民党 総務会長
2017年 総務大臣(第三次安倍晋三内閣)
2019年 衆議院予算委員長
2021年 自民党 幹事長代行

1960年9月3日に、福岡県八幡市(現・北九州市)に生まれました。

大学卒業後は帝国ホテルに入社し、フロント業務や国際セールス部員などを経験しました。

1984年に祖父・野田卯一元建設大臣の養女となり、島聖子から野田聖子となりました。

 

野田卯一元建設大臣は、大蔵省の事務次官から参議院議員に当選した議員で、昭和26年の吉田内閣の時に、建設大臣を務めました。

そんな祖父・野田卯一元大臣の支持基盤を受け継ぐ形で、野田聖子議員は1987年の26歳の若さで、岐阜県議会議員への初選出を機に政界へと進出しています。

 

以降、37歳の若さで郵政大臣を務めたことをきっかけに、様々な閣僚ポストを経験し、自民党の要職を歴任することになります。

これまでの当選回数は9回のベテラン議員です。

野田聖子の学歴

【野田聖子の学歴】

1977年 田園調布雙葉高等学校 中退
1978年 ミシガン州ジョーンズウィル・ハイスクール 卒業
1983年 上智大学外国語学部比較文化学科 卒業

野田聖子議員は、父・島稔氏の勤務先である八幡製鐵(現・日本製鉄)の工場のある福岡県北九州市に生まれました。

中学校や高校からの生徒の定期募集をしない田園調布雙葉高等学校を中退していることから、小学校入学時点では、すでに東京に住んでいた可能性があります。

なお、田園調布雙葉高等学校の出身者には、雅子皇后陛下、長嶋亜希子氏(長嶋茂雄監督夫人)、長嶋三奈アナウンサー、前田有紀元テレ朝アナウンサーなどがいます。

上智大学の外国語学部(現・国際教養学部)は、偏差値70と言われる難関大学です。

著名人も多く輩出している名門大学です。

野田聖子の政策や公約は?

野田聖子議員の政策をご紹介します。

【野田聖子の政策・公約】

政策1. 新型コロナウィルス感染症対策
政策2. ポストコロナ:持続可能で「ひと中心」の経済社会へ
政策3. こどもまんなか政治の創造
政策4. 人財発の個性・多様性の発揮
政策5. 地方発の個性・多様性の発揮
政策6. 外交・安全保障
政策7. 次世代への責任として持続可能な環境とエネルギー需要

『だれもが「わかる政治」を』を標榜しており、国民一人ひとりが安心できる持続可能な社会を目指しています。

国民のだれもがわかる透明な政治を確立することを基本姿勢としています。

特に国民の関心が高い、経済対策、人権尊重、そして安全保障について細かい政策を確認してみます。

<政策2. ポストコロナ:持続可能で「ひと中心」の経済社会へ>
  • 持続可能で活力ある経済社会に向け。人財、知的財産。データなど「ひと」を
    中心とする資産の蓄積、活用を推進するため予算、税制を改革
  • デジタル化、サイバー・セキュリティ、ICTへのアクセシビリティを強化
  • 大企業発のトリクルダウン型モデルから全ての国民、地方の個性・多様性、知恵が価値を生む「人財発・地方発のモデル」にパラダイム転換

アベノミクス路線からの転換を図っている政策のように見えます。

具体的な政策の中身が。見えないため評価できませんが、税制改革の中身と消費活性を喚起して、デフレを脱却する政策内容を言及していただきたいですね。

<政策6. 外交・安全保障>
  • 民主主義と人権尊重という「価値観の共有」を基軸とした外交を推進
  • 日本の自衛を担う若き自衛官へのリスペクトと十分な処遇の確保
  • アフガニスタン事態での邦人保護オペレーションへの反省を踏まえて、早急に打つべき手を打つ。
  • グレーゾーン事態などに隙間なく迅速に対応できる体制整備を急ぐ。
  • 経済安全保障、農業安全保障の観点から必要な制度を早急に整備。

政策についても書いてあることは、正しいように見受けられますが、具体的な政策の中身が見えないので、なんとも評価ができないため、国民は困るでしょうね。

懸念として考えている事案と、そのあるべき姿を示してさえいただければ、まだ有権者としての納得感は得られそうですが。

野田聖子の評判は?

野田聖子議員については、夫が指定暴力団・会津小鉄会の元組員であることへの説明を求める国民の声が多く見受けられます。

野田議員側は事実無根だと訴えています。

しかし、夫・文信氏が、週刊新潮を訴えた裁判の判決では、裁判所が「反社会勢力」に文信氏が属していたことを認定しています。

この矛盾への説明を求める声が多く、総裁・総理としての資質を問う声が、多く見受けられます。

また、後述するように、野田聖子議員は今回の総裁選では、自身が当選する見込みが低いことを認識しています。

その上で、立候補する理由については、国民にとって不透明な部分が多く、売名行為や次の閣僚・党の重要ポストを狙っているなどの指摘があります。

いずれにしても、プジティブな声は、ネット上では、あまりみられず、ネガティブなイメージの書き込みが多くみられます。

野田聖子が総裁になる確率は?

野田聖子議員が、総裁になる確率は低いと考えられます。

自民党総裁選挙に立候補するには、規定で自民党に所属する国会議員20名の推薦人を確保する必要があります。

野田聖子議員は、過去にこれまで3回にわたって、総裁選の出馬に意欲を示していましたが、いずれも立候補には至っていません。

2021年総裁選では、9月17日の公示前日に、ようやく推薦人を確保して立候補することができました。

これまで閣僚ポストや党の要職を担ってきた野田聖子議員ですが、派閥には所属しておらず、他の議員とグループを作って、総裁選を戦い抜く体制が整っていません。

実際、総裁選は派閥の結束力が得票数に大きく関わってくるため、他の候補と比較して野田聖子議員は、不利な立場であると考えざるを得ません。

事実、野田聖子議員は、9月23日に出演したインターネットの番組で総裁選挙は「私以外の誰かなのだろうと思っている」と述べています。

野田聖子の家系図が複雑?

野田聖子議員の旧姓は、島氏です。

婚姻により、野田の姓を名乗るようになったのではなく、祖父・野田卯一元建設大臣の幼女になったことで、野田の姓を名乗っています。

ここで、野田聖子議員の家族関係をチェックしていきましょう。

野田聖子議員の父方の祖父は、野田卯一元大臣です。

父・島稔氏は、野田卯一元大臣の実子でしたが、幼少期に母方の祖父・島徳蔵氏の養子になっています。

島徳蔵氏は、実業家で大阪証券取引所の理事長や阪神電鉄の社長などを歴任しています。

つまり、野田聖子議員の父・稔氏が島氏の養子とならなければ、野田聖子議員も幼女にならずとも、はじめから野田の姓を名乗っていたことになります。

一見すると、家系図が複雑に感じますが、親戚縁者の養子縁組内での養子縁組が起きていたようです。

まとめ

  • 野田聖子議員の年齢は、1960年9月生まれの61歳
  • 野田聖子議員の学歴は、田園調布雙葉高等学校を中退後、ミシガン州ジョーンズウィル・ハイスクールに進学、その後上智大学外国語学部を卒業
  • 野田聖子議員は衆議院議員を9期務めています。
  • 野田聖子議員は総務大臣。内閣特命担当大臣を歴任
  • 野田聖子議員は現・自民党幹事長代行を務めている