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加藤勇志郎/キャディ株式会社社長の経歴や学歴は?家族はどんな人?

キャディ株式会社の加藤勇志郎氏は、2019年Forbes JAPAN誌が発表した世界を変える30歳未満30人の日本人「30 UNDER 30 JAPAN 2019」のエンタープライズ・ビジネス アントレプレナー部門に選出されたことのある強者です。

その後も、様々なところで、注目を浴びているキャディ株式会社の加藤勇志郎社長、どのような学歴、経歴をお持ちなのでしょうか。

ちゅうこ
ちゅうこ
キャディ株式会社の加藤勇志郎氏のプロフィールと経歴が気になりますね。

加藤勇志郎/キャディ株式会社社長の経歴は?

<加藤勇志郎氏の経歴>

2014年 4月 外資系コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー 入社
2016年   同社マネージャー 就任(同社史上最年少)
2017年10月 同社 退社
2017年11月 キャディ株式会社 設立

加藤勇志郎社長は、大学卒業後、「3年でインパクトを出して、辞めても誰もが賞賛してくれる人になる」と決めて、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社します。

入社後、様々なプロジェクトに参加し成果を出していく中で、製造業に魅力を感じ始めます。

製造業は、日本はもちろん、アジア全域が強みとしている業界でもあります。

その中でも特に、調達の領域に関心が向き、同社での後半の約2年間は、製造業に深くかかわっていました。

そんな中で、起業のアイデアが固まりましたが、1人では起業できない、優秀なエンジニアがいなければ、会社として成り立たないと気づきます。

そこで、学生時代から親交のあった小橋昭文氏に話を持ちかけます。

小橋昭文氏は、幼少期から米国で育ち、スタンフォード大学大学院で電子工学を専攻し、2013年にAppleに就職した優秀なエンジニアです。

小橋氏を共同創業者で、最高技術責任者として迎えることにします。

2017年、満を持して、キャディ株式会社を設立します。

同社は、物作りの歴史が長い日本で、全くイノベーションが起きていない分野である「調達」にテクノロジーを持ち込みます。

製造業は、何万点もの部品を町工場から見積もりを取り、納品可能数や品質を確認し、部品を調達してしていました。

発注する側も受注する側も、大変な労力を要する作業でした。

キャディ株式会社は、町工場に足を運び、生産能力・品質・価格など各々の町工場に関する情報を集め、データベース化します。

発注側は、キャディのシステムに図面などをアップロードすると、機械が自動で見積もりを計算し、最適な工場を選び出してくれます。

受注側もキャディから来た注文通りに製造し、キャディ株式会社に納品します。

キャディ株式会社が品質チェックをして、受注側に納品するというシステムです。

これなら、双方が本業に時間も労力もかけられるので、効率も上がります。品質まで責任を持ってくれるので、安心して任せられますね。

その後、加藤勇志郎社長は、2019年Forbes JAPAN誌が発表した、世界を変える30歳未満30人の日本人「30 UNDER 30 JAPAN 2019」のエンタープライズ・ビジネス アントレプレナー部門に選出されました。

2020年にも同誌が発表した「アジアを代表する30歳未満の30人(Forbes 30 Under 30 Asia)」のエンタープライズテクノロジー部門で、共同創業者の小橋氏とともに選出されました。

2021年には、経済産業省主導の官民によるスタートアップ支援プログラム「J-Startup」に認定され、週刊東洋経済の「すごいベンチャー100」にも選出されるなど、日本中から注目される企業へと成長させました。

加藤勇志郎/キャディ株式会社社長の年収は?

加藤勇志郎社長の年収は公開されていません。

1,000万円を超える年収の社員がいるということは、数千万円でしょうか。

<キャディ株式会社の年代別平均年収>

~職種ごとの年収~

バックエンドエンジニア 応相談
フロントエンドエンジニア 400万~800万円
アルゴリズムエンジニア 400万~800万円
オープンポジション 応相談
プロダクトマネージャー/PM 500万~700万円
デザイナー 400万~800万円
カスタマーサクセス 300万~500万円
フィールドセールス 360万~800万円
トップマネジメント 別途相談
(引用元:KEY PLYERS)

<キャディ株式会社の年代別平均年収>

~年齢別年収~
20代後半 400万円
30代前半 600万円
30代後半 1,000万円(マネージャー職)
40代前半 1,200万円(マネージャー職)
(引用元:careerand)

キャディ株式会社のホームページによると、平均年齢が31.4歳という若者が中心となって活躍している会社です。

上記の年収は、転職サイトに掲載されているものです。

能力によって、評価をしてくれる会社のようです。

福利厚生も充実していますし、キャリアアップのための支援もあり、働きやすい環境が整っています。

また、自由に意見が言い合える風通しの良い会社のようです。

加藤勇志郎/キャディ株式会社社長の学歴は?

こんな輝かしい経歴を持つ加藤勇志郎社長は、どんな学生時代を送ってきたのでしょうか。

出身大学

加藤勇志郎社長は、東京大学経済学部を卒業されています。

大好きな音楽を封印して、合格を勝ち取った加藤勇志郎社長ですが、勉強で疲れ果てて音楽への情熱が無くなってしまっていました。

大学入学後は、アイスホッケー部に入り、家庭教師のアルバイトを始めたりと、普通の大学生活を送っていました。

 

そんなある日、アルバイトの面接に行った会社の社長から新規事業の立ち上げに誘われ、ビジネスの世界に入っていきます。

自ら起業を手掛けたりしているうちに、ビジネスの楽しさにのめりこんでいきました。

多くの人たちを喜ばせるために”より大きな社会課題を解決したい”

そのために何が必要なのか。
その答えは一つでした。

世界中の幅広い産業の経営課題に関わることができ、解決すべき課題を探すのができるのは、マッキンゼー・アンド・カンパニーだけだと、入社を決意をします。

出身高校は?

加藤勇志郎社長は、開成高等学校を卒業されています。

小学生の頃は全国トップレベルの成績だったのですが、中学生の時に音楽と出会い、その魅力にはまっていきます。

レーベルに所属して、テレビに出たり、CDを出したりするほどだったとか。

本格的ですね。

中学・高校と音楽活動に熱中し、当時の夢は”CD売上日本一”だったそうです。

大学にはいかず、音楽の道を歩もうとしましたが、両親に説得され、大学受験を決心します。

家庭の事情もあり、国立大学しか選択肢がないなかで、加藤勇志郎社長は、「東京大学に行こう」と決めたのですが、高校3年の6月の全国偏差値は38でした。

今の自分の偏差値で受かりそうな大学を探すのではなく、とてつもなく桁外れな目標を持つところは、学生時代から変わっていないのですね。

そこから猛勉強をして、みごと現役で合格してしまいます。
漫画のような話ですね。

加藤勇志郎キャディ株式会社社長の思想や座右の銘は?

「もっと大胆に 桁外れな目標を立てよう。」

桁外れの高い目標を立て、それを達成すれば、やり切ったということになる。

一つのことを突き詰めていけば、その過程で、次の課題や問題点が見つかってくる。

そこから、また目指すべき方向性を定めて行動していく。

キャディ株式会社が成功させようとしているのは、今まで誰も成しえなかったが難しい課題です。

成果を出すには、桁外れな目標を立てないと達成できません。

加藤勇志郎/キャディ株式会社社長の家族はどんな人?

加藤勇志郎社長の年齢は、1991年4月生まれの30歳で、東京都出身です。

家族や兄弟については、あまり語られていません。

しかし、加藤勇志郎社長の意志を尊重して、自由にのびのび育てられたのを見ると、寛大なご両親のようです。

加藤勇志郎社長が、あるインタビューで、ご両親についてのエピソードを語っていました。

高校3年生になっても、塾もいかず、勉強もせず、音楽ばかりしている加藤勇志郎社長を見かねて、ご両親が「(大学に)いける権利があるんだから行ったら?」「大学はどこでもいいから。」「大学に行っても音楽はできるし、やっている人もたくさんいるじゃないか。」「大学だけは行っておきなさい。」と、加藤勇志郎社長を説得したのですが、行かないの一点張りだったそうです。

しかし、ご両親も、ここだけは譲らず、泣きながら説得を繰り返し、それを見た加藤勇志郎社長は、やっと大学に行く決心をしたそうです。

まとめ

  • 加藤勇志郎社長は、中学高校と音楽に熱中しあまり勉強をしていませんでした。
  • 加藤勇志郎社長は、両親の必死の説得で大学進学を決意する
  • 加藤勇志郎社長は、社会課題を見つけるためマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社する
  • 加藤勇志郎社長は、小橋氏と共に株式会社キャディを設立する
  • 加藤勇志郎社長は、株式会社キャディを日本中が注目するような企業に成長させた