芸能人有名人

髙田旭人/ジャパネットホールディングス社長の経歴や学歴は?家族はどんな人?

ジャパネットホールディングス社長髙田旭人氏就任後、2020年まで8期連続で売上増を続けています。

やり手社長の髙田旭人氏ですが今までの経歴や学歴はどんな感じだったのでしょうか。

気になるプロフィールをチェックしていきましょう。

ちゅうこ
ちゅうこ
成長し続けているジャパネットたかたの二代目社長、髙田旭人氏の経営手腕はどんなものか気になりますね

髙田旭人/ジャパネットホールディングス社長の経歴は?

髙田旭人氏の経歴

2002年 野村証券株式会社入社
2003年 株式会社ジャパネットたかた入社 社長室室長着任
販売推進統括本部長、商品開発推進本部長などを歴任

2010年 総合顧客コンタクト本部長兼商品管理部長兼務
2010年 株式会社ジャパネットコミュニケーションズ創設、代表取締役社長就任
2012年 株式会社ジャパネットたかた代表取締役副社長兼株式会社ジャパネットコミュニケーションズ取締役就任
2014年 株式会社ジャパネットロジスティックス表取締役社長兼株式会社ジャパネットサービスイノベーション代表取締役社長兼株式会社ジャパネットサービスパートナーズ取締役就任
2015年 株式会社ジャパネットホールディングス代表取締役社長兼CEO就任

ジャパネットホールディングスの高田旭人社長は大学卒業後、親のコネ入社だと言われたくないと、父親の事業とは全く異なった業界の野村証券株式会社に入社しました。

しかしその後、ジャパネットたかた株式会社に転職します。

野村證券株式会社では、過酷なことで有名な法人営業の仕事をしていました。

厳しくて殺伐とした雰囲気の中で仕事をしてきた高田旭人社長は、ジャパネットたかたに入社した時の感想を、みんなが社長についていっていて、家族的な雰囲気を感じたと話していたました。

入社後、様々な役職を歴任し、高田旭人社長なりの考えを持つようになってきました。

高田旭人社長自身も、社長交代前の3年間くらいは、会議では、父親である前社長と言い合いになることもしばしばあったと、当時を振り返っています。

そんなある日、父親から「そんなにいうなら、自分が社長をやれば」と言われ、数回は断ったそうですが、そこから高田旭人社長は悩み始めます。

父親が今のままの地位にいることと、会社が成長すること、どちらが父にとって幸せなんだろう。

社員や社会を幸せにするなにかがこの会社にあるなら、もしかしたら自分が社長をやった方がいいのかもしれないという結論に達し、父親に「自分が社長をやる。」と宣言したそうです。

この答えを待っていたかのように、1週間後には公表され、2015年に代表取締役社長交代となりました。

創業者だった初代代表取締役社長と同じ方法では、この職は勤まらない。高田旭人社長は、自分なりの方法を考えます。

創業者であり、街の小さなカメラ屋を年商1,000億円を超えるような会社に成長させた前社長は、トップダウン方式の経営をしていました。

周囲と意見が違っても自分の意見を貫き通す強さがありました。

高田旭人社長は、自分が表に出ないような立場をとろうと考えます。

父は皆を引っ張る人だったが、自分は父のようにはなれない。自分がすべきことは、社員一人一人が自分の力で何かを達成できるように、併走したり時には背中を押していくことだと考えているようです。

社長に就任してからは、社員が働きやすい環境を整えたり、社員のアイデアを整理したり、それぞれの走る道を整備していくように後方支援を進めていきます。

しかし、創業者が築き上げたものを全て覆した訳ではありません。

創業者が大切にしていた、「見つける」「磨く」「伝える」は、変わらず会社の事業方針として掲げています。

世の中に埋もれている良い商品やサービスを見つけ、より良い商品やサービスの品質に磨きをかけ、そして、磨き抜かれたその良さを、テレビやチラシなどのメディアを駆使して伝えています。

この3ステップをまじめに真摯に続けてきたことが強みだと考えています。

髙田旭人/ジャパネットホールディングス社長の年収は?

高田旭人社長の年収については、公表されていません。

ネット上では、億は超えているのではないかという意見が多くありました。

ジャパネットホールディングスの年代別平均年収

複数の求人サイトによると、300万円~580万円くらいのようです。
職種によっても違いがあるようです。

高田旭人社長は、ノー残業デーをつくり、社員のパソコンをノートに変え、Wifi環境を整え、社員食堂を作り、託児所を設置するなど次々を働き安い環境作りを進めてきました。

更に、連休が取りやすいようにして、しっかり遊んで、集中して働けるような制度も導入しています。

福利厚生が整っていて働きやすそうな会社ですね。

髙田旭人/ジャパネットホールディングス社長の学歴は?

ジャパネットホールディングスの公式サイトによると、高田旭人社長が、代表取締役社長に就任した2015年には、年商は1,559億円でしたが、2020年には、2,405億円と5年で、1,000億円も売上を伸ばしたことになります。

また、2020年まで8期連続で売上増を続けています。

その裏には、高田旭人社長の、常に社員がワクワクするような事を準備してあげたいという思いがあるようです。

それを、社員達が工夫して楽しみながらお客様に喜んでいただける商品やサービスに変えていく。こういう好循環を大切にしているようです。

他にも、通信販売事業・スポーツ・地域創生事業や世界の子供達の教育支援、被災地支援などの社会貢献活動も積極的に行っています。

また、地元長崎のサッカーチームやバスケットボールチームの運営も行っています。

スポーツ選手や未来の選手の支援をされるとは、さすがスポーツ万能な高田旭人社長ですがどんな学生時代を送ってきたのでしょうか。

出身大学

東京大学理科二類入学後、教養学部へ進学して卒業されています。
1浪をして、入学したようです。

小学生の頃、小さなカメラ屋で働く両親の姿を見て、自分が家業を継ぐことになるんだろうなと考えていたそうです。

しかし、母親からは息子だからという理由で会社を継がせることはできない、と言われていました。

高田旭人社長は、「会社を継いでも大丈夫だ。」と周囲に認めさせるために、東京大学を卒業しておけばいいだろうという理由で選んだとのことです。

お母様は、とても厳しい方なんですね。

でも、その言葉の裏には、ビジネスの世界でトップに立つにはそのくらいの努力や力が必要なんだよと、いうメッセージが込められているのかもしれないですね。

出身高校は?

久留米大学附設高等学校を卒業されています。

高田旭人社長は、小学生まで親元にいましたが、「子供は早く自立させた方が良い」という母親の教育方針のもと、親元を離れ、福岡県にある久留米大学附設中学校に進学し、寮生活をしていました。

最初の頃は、ホームシック気味になり、毎週末実家に帰っていたようです。

高田旭人社長は、スポーツが万能で、中学時代はテニス部に、高校時代は野球部に所属していました。

髙田旭人ジャパネットホールディングス社長の思想や座右の銘は?

思想:お客様・会社・社員みんながハッピーになり続けたい。

座右の銘:『自信は努力から』

会社だけが成長していっても、それは続きません。

自分が名声を得たいから頑張る、それも間違っています。

お客様をハッピーにさせるのはもちろん大切だけど、それには、協力してくれるメーカーさんやその関係者などたくさんの人達の力が必要です。

お客様を幸せにするために欠かせない全ての人達も含めてみんなが幸せになれるようになるためには、どうしたら良いか、そのためには何をすべきかを考えられる社員が育ってほしいと高田旭人社長は考えています。

髙田旭人/ジャパネットホールディングス社長の家族はどんな人?

高田旭人社長は、1979年生まれの42歳、長崎県の佐世保市出身です。

父親は、ジャパネットたかたの創業者で、社長時代には自らがテレビに出演し、商品説明をされていた、高田明氏です。

母親は、副社長としてずっと明氏を支えてきた恵子さん。
兄弟は、姉の春奈さんと妹の麻衣子さんです。

現在、高田旭人社長が、結婚されているのか、お子さんがいらっしゃるのかについては、非公開のようです。

まとめ

  • 高田旭人社長は、母親の教育方針のもと、中学時代から、親元を離れて寮生活をしていた
  • 高田旭人社長は、創業者の事業方針を継承ましたが、創業者とは違う自分なりの方法で会社をまとめている
  • ジャパネットたかたは、社長が変わっても、売上を伸ばし続けている
  • 高田旭人社長の座右の銘は、『自信は努力から』
  • 高田旭人社長は、どんどん新しいことに挑戦中