関家具社長の関文彦氏。
創業から50年以上経過しても、一度も赤字になったことがありません。
それは、関文彦社長が社員とともに、常に時代の流れに適応し、安売りに頼らず、品質とアイデアで勝負している結果なのでしょう。
関文彦社長の経歴や学歴、どのような思想があるのかチェックしていきましょう!
関文彦/関家具社長の経歴は?
1968年 大川市で家具問屋 創業
1975年 びっくり市(現:大川本店) 開業
1982年 株式会社関家具として法人化
1985年 株式会社関家具カーゴ 設立(ロジスティックス部門)
2007年 株式会社大川デザインミュージアム(現:関家具 大川本店) 設立
2014年 グループ総売上100億円 突破
2016年 株式会社関家具ホールディングス 設立
2017年 グループ総売上150億円突破(家具卸売業トップ)
2018年 創業50周年
関文彦社長は、大学卒業後、学生時代に手にした資金を元手に起業する計画を立てます。
義理深い関文彦社長は、お世話になった親戚が営む家具小売店と競合にならないように、経験を積んできた小売業ではなく、未経験の家具問屋で起業することにしました。
大川市内に土地を購入し、鉄骨平屋建ての事務所兼倉庫を建て、トラック1台購入し、1人で起業します。
そこから、卸売業の経験も知識もない卸売業でどうやって利益を出そうか、大手と競合しない方法はあるのか、考え抜いて『ゲリラ戦法』で行こうと、動き始めました。
『ゲリラ戦法』とは、ある部分に特化して売り込めるように商品を絞り込む方法で、関文彦社長が、名付けた戦略名です。
最初に目を付けたのは、「サイドボード」でした。
数種類のサイドボードの図面を自分で書き、作ってくれる工房を探します。
これが、最初の大ヒット商品だったそうです。
関文彦社長は、朝仕入れて、ディーラーに売り、その日のうちに工場に支払いをするということを3年続けました。
工場側からしたら、商品代金が何カ月も先に支払われる大手問屋よりも、その日のうちに現金を手にできる方が助かります。
そこで、関文彦社長は、値引き交渉をしていくようになっていきました。
しばらく、この地道な方法で取引をしていると、手元に資金が残るようになり、仕入れた時に、その場でお金が支払えるようになってきました。
そうすると、さらに、有利な立場になり、値引き率も上がります。
そのうち、ドライバーを雇うようになり、仕事に慣れてきたら、営業や仕入れなどの仕事を任せて、次のドライバーを雇って同じようにスキルアップさせて人材を育てていくうちに、会社は、どんどん大きくなっていきます。
今では、関家具は年商200億円で福岡を代表する企業へと成長しました。
中国や、関東圏、関西圏にも事業所を構えています。
関文彦/関家具社長の年収は?
関文彦社長の年収は、公表されていません。
初任給
大学院卒 23万円(月収)
大学卒 22万円
専門・高卒 21万円
賞与 2回/年 (勤続10年以上は3回)
社員の平均年齢 33.0歳(2021年3月現在)
複数の求人サイトによると、社員の平均年収は、
約250万円~約850万円くらいで、平均年収は、約350万円でした。
同社は、未上場企業なので、年収に関するデータは公表していません。
調べてみると、職種や勤続年数によって差があるようです。
しかし、福利厚生が充実しているし、産前産後休暇や育児休暇など働き方支援制度があり、女性が安心して働けるようになっています。
また、研修や勉強会などがあり、自身のスキルアップの機会も準備されているので、やる気があれば、昇進や昇給も望めますね。
関文彦/関家具社長の学歴は?
こんなにパワフルな関文彦社長は、どのような学生生活を送ってきたのでしょうか。
出身大学
福岡大学商学部第二部を卒業されています。昼は仕事、夜は大学で勉強をしていました。
在学中に、知人から株取引や不動産投資についての知識を得ます。
そして、株取引で得た利益で土地を購入しました。
時代は、高度経済成長期ということもあり、土地の値段はみるみる上がっていきます。
大学卒業後に、その資金を元手にして、地元大川市に土地を購入し、家具問屋を創業しました。
出身高校は?
福岡県立大川高等学校を卒業されています。
中学・高校と野球一筋で、甲子園出場を夢見ていましたが、それは叶わなかったようです。
高校卒業後は、久留米市で親戚が経営する家具店で、住み込みで働き始め、家具部門を任されるようになってから、休みなく働いていたそうです。
しかし、次第に高卒であることに、コンプレックスを感じるようになり、大学を目指す決意をしました。
関文彦関家具社長の思想や座右の銘は?
<関家具の経営の心得13カ条のうちの一部>
- 楽しくなければ仕事じゃない、やりたい事を任す、失敗しても文句は言わぬ、責任は全て社長が取るから思いっ切りやってください。
- 社員の皆さんは社長の先生、社員からの情報及び意見及び提案は会社繁栄の源
関文彦社長は、社員が提案した案件には、基本的にGoサインを出しています。
現場のことを知り尽くしているのは、社員だから信じて任せるのが、関文彦社長の人材育成のやり方です。
上からの指示で動くのと、自分で企画して、利益を出す方法を考えて、試行錯誤しながら仕事をするのでは、仕事に対するモチベーションが全然違います。
関文彦社長が、今のようなスタイルを始めたのは、創業30年経った頃に、ある講演会で「これからはティーチングの時代じゃない、コーチングの時代だ。」という言葉を聞いたのがきっかけでした。
自分で考え、気づかせることで、社員が成長し、それが会社の強みになる。
これだけ信じてもらえて、失敗も恐れなくていいという社風があるのなら、自分がやってみたいことにどんどん挑戦できますね。
<座右の銘>
『一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが処世上の第一要件である』
座右の銘は、大河ドラマや新1万円札の顔となることで、話題の渋沢栄一氏の言葉です。
最近では、佐賀県みやき町と包括連携協定を結び、地域活性化支援などにも力を入れています。
関文彦/関家具社長の自宅は?
今朝5時頃、自宅から弊社の倉庫を見ると、社員がすでにコンテナトラックから家具を降ろす作業をしてくれていました。
お茶とおにぎり、サンドウィッチを差し入れるとすごく喜んでくれましたが、感謝するのは私の方です。
4月でもまだ冷えます。
毎日夜明け前からの作業に、本当に頭が下がる思いです。— 関文彦@株式会社関家具 (@sekikagu_PR) April 20, 2020
関文彦のツイッターによると、自宅から自社の倉庫が見えるそうです。
会社の近くに住まわれているようですね。
いつでも、すぐに仕事ができるようにされているのでしょうか。
関文彦/関家具社長の家族はどんな人?
1942年4月、福岡県大川市出身の79歳です。
木工業を営む家庭の一人息子として生まれた関文彦社長は、小学生の頃から、父親の仕事を手伝っていたそうです。
父親が働く姿を見ながら育った関文彦社長は、将来は、自分で事業をしようと決めていたそうです。
創業した翌年、眞沙子さんと結婚されています。
現在は、株式会社関家具の代表取締役副社長に就任されています。
子供さんに関する情報は、公開されていません。
役員名簿を見ると、専務取締役の関正氏、取締役(システム担当)関克彦氏と「関」の名字の方が2人います。
息子さんなのでしょうか。真偽は不明です。
まとめ
- 関家具の社長関文彦氏の学歴は、地元の高校を出て、働きながら福岡大学商学部第二部を卒業
- 関文彦社長は、土地と鉄骨平屋建ての建物とトラック1台で、たった一人で未経験の卸売業を起業
- 関文彦社長は、休みなしで地道に働き続け、今では、年商約200億円、従業員数500人を超える会社に育て上げた
- 関文彦社長は、社員を信じ、任せることで、考えて気づくことのできる社員の育成をしている
- 関文彦社長は、地域の産業振興など地域支援にも力を入れている