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山本昇平/俺カンパニー社長の経歴や学歴は?家族はどんな人?

俺カンパニーの山本のハンバーグは、緊急事態宣言でオープンできない時期は、エアオープンとして、お弁当の販売やSNSで、毎日のように情報を発信し続けたのも、人気に火をつけたことでも話題になりました。

そんな俺カンパニーの代表取締役社長の山本昇平社長の経歴をチェックしていきましょう。

ちゅうこ
ちゅうこ
俺カンパニーの山本昇平社長は、緊急事態宣言の中で、どんなこだわりをもって、税込1,300円の定食とサイドメニューのみで人気となったのか、気になりますね。

山本昇平/俺カンパニー社長の経歴は?

<山本昇平氏の経歴>

2004年 4月 株式会社ムジャキフーズ 入社
2005年 6月 俺のハンバーグ山本 恵比寿本店 開業
2007年 9月 株式会社俺カンパニー 設立
2015年 8月 俺の漢堡排山本 台北市 開業
2016年 6月 俺のハンバーグ山本全店舗の名称を「山本のハンバーグ」へ変更
2020年 6月 2カ月遅れで、挽肉と米 吉祥寺店 開業

大学卒業を控え、就職活動を始めた山本昇平社長でしたが、いろんな会社を回ってみたものの自分は何に興味があるのか、どうなりたいのか、将来像が描けず悩んでいました。

そんな中、アルバイトで経験した飲食関係の仕事が向いているのかもしれないと、目標を決め企業を探し回るうちに、飲食店を多く経営する株式会社ムジャキフーズにたどり着きます。

起業を考えていた山本昇平社長は、独立支援制度が整っている同社へ入社します。

山本昇平社長は、入社後同期の大半が退職してしまうほどの厳しい仕事に懸命に取り組みました。

ハードな勤務をこなしながら、貪欲に飲食店のノウハウや経営についての知識得る努力をし、機会があれば起業のアイデアを出し積極的に働きました。

その姿勢が評価され、入社から1年2カ月後、「俺のハンバーグ山本」をオープンさせます。

オープン当初は、なかなかお客様に来てもらえない時期もありましたが、独特なネーミングとハンバーグというシンプルなメニューが、口コミで話題になり、人気店になっていきます。

株式会社俺カンパニー社長の山本昇平氏には、もちろん味にもこだわります。

まず、作り置きをしない。

新鮮な素材を使って、朝仕込んだものはお昼に提供し、午後から仕込んだものは夜に全て提供するという徹底ぶり。

一番おいしい状態で、提供することを心掛けているそうです。

また、安全面にも気を配っていて、素材選びはしっかり吟味して、安全でおいしいものを仕入れるようにしています。

お客様に安心安全で、おいしいハンバーグを提供することを続けているうちに、事業は軌道に乗っていきます。開業から約3年後の2007年 9月に株式会社俺カンパニーを設立。

その後、株式会社ムジャキフーズの資本ではなく、直営での出店も始めます。

そして、2015年には初となる海外進出も果たします。

快進撃を続ける中、2016年、店名を山本のハンバーグに変更しました。

実は、山本昇平社長が1号店を開業して4年後に、株式会社ムジャキフーズが商標登録を取得し、契約上の関係で変更せざるを得なくなっていました。

店名が変わっても、今まで通り、おもてなしの心とお客様に喜んで頂ける食事を提供するだけですと、山本昇平社長は語っていました。

2020年6月挽肉と米吉祥寺店をオープンさせます。

その年の年末には、今東京で最も並ばなくてはならないお店の2トップとまで言われ、行列の絶えない人気店となります。

このお店を経営するのは、挽肉と米という会社です。

一風堂を展開する力の源カンパニー元社長が独立して設立したランプという会社の清宮俊之社長と、山本昇平社長、メディアや商品のプロデュースを行うPOOLの小西利行社長という凄腕経営者3名が集まって設立しました。

メンバーもすごいけど、とにかくこだわりがすごい。

店内は1人でも入りやすいように、カウンター席が多く、コロナ渦でも安心な和テイストの落ち着いた内装になっています。

そして、メニューは税込1,300円の定食とサイドメニューのみ。お米は、日によって、品種を変え釜戸で炊いたご飯を炊き立ての状態で提供しています。

ハンバーグは、山本昇平社長が今までの経験と、こだわりで最高の食材で提供しています。

山本昇平/俺カンパニー社長の年収は?

年収については公表されていません。

新しい試みも始めたばかりであることと、本業では年商5億円ということは、まだ億越えはしていない可能性が高いものと思われます。

<俺カンパニーの年商>

5億5千万円  (2020年8月実績)

引用元:山本のハンバーグホームページ

コロナ禍で厳しい経営を強いられている飲食業界で、新たにお店を立ち上げるという無謀にも思われる挑戦をした山本昇平社長。

しかし、最強のメンバーと共に、それぞれの経験を生かし、最高なお店を作り上げることに成功。

人との出会いを大切にしている山本昇平社長だから、最高の出会いに恵まれたのでしょう。

山本昇平/俺カンパニー社長の学歴は?

どんな事にも積極的にチャレンジする山本昇平社長は、どのような学生生活を送ってきたのでしょうか。

出身大学

山本昇平社長は、東京電機大学理工学部情報社会学科を卒業しています。

大学生になり、初めて一人暮らしを経験した山本昇平社長は、時間を自由に使えるようになりました。

そうなると、次第に興味は大学の授業よりも、カフェ巡りやアパレルショップなどを見て歩く方に向いていきます。

 

そんな生活をしているうちに、山本昇平社長は、皆が揃って流行を追っていることに疑問を感じるようになり、自分の個性を表現することを意識するように変わっていきます。

そして、他の人と違うということに価値を感じはじめたのです。

山本昇平社長は、後に自身の大学生活をこのように振り返っていました。

「大学生の頃は、大学での勉強よりも自分の個性を磨く人生勉強ばかりしていました。
アルバイトもたくさんやりました。
飲食業との出会いもこの頃です。」

大学生時代は、今の山本昇平社長の将来の方向性が見つかった大切な時期だったようですね。

出身高校は?

山本昇平の卒業した高校の情報は公開されていません。

茨城県に住んでいたようなので、茨城県の高等学校の可能性が高いですね。

山本昇平俺カンパニー社長の思想や座右の銘は?

表現する為にはまず、感じる事が大切だ。

大学時代の恩師の言葉です。

モノをつくるうえで、創造は模倣から始まるとも言われています。

ただ、模倣で終わるのではなく、そこから学び自分の感性を磨いていくことが大切です。

自分の個性を磨くことを意識していた山本昇平社長にとって、とても興味深く、刺激をもらったそうです。

一緒に働いている仲間たちにとっていい会社であるように舵取りをしたい。

飲食業界では、一緒に働く仲間がいてこそ、仕事が成り立ちます。

働く環境を整えて長く働いてもらえる、飲食業界で働きたいと思ってもらえるような魅力的な業界にするために、働き方改革に取り組んでいきたい。

お客様にとって安心して、楽しく食事ができる場所を提供すること。

お店は、経営者の個性が、そのまま表現できる場であるので、お店作りからメニュー選びなど、全て自分で考えて、お客様をもてなすことができる。

やらない後悔はしない。

山本昇平社長は、子どもの頃、テニスとボーイスカウトに熱中していました。

ある時、世界中のボーイスカウトが集まる「ジャンボリー」という大会が九州であったのですが、行きたいと思いつつ勇気が出なくて参加しませんでした。

ところが、参加したボーイスカウトの仲間が、とても楽しかったと笑顔で話していたそうです。

「やるかやらないか選択を迫られた時に、やらなかったら、これだけ後悔するんだ」ということが、子ども心にすごく響いたそうです。

それから、迷ったらやるという考え方に変わったとのこと。

中学校では学級委員長を経験し、テニス部では副部長を務め、大会で優勝しました。

高等学校ではハワイへの短期留学も経験しました。

現在の前向きで、積極的な性格は、この頃に土台が出来てきたようですね。

座右の銘は、出会いを大切にすること。継続していくこと。

人との出会い、挑戦の機会など、様々な出会いを大切にしています。

また、ビジネスは継続していくことが大切です。

店舗数を増やすことより、100年続くお店を続ける方が価値があると考えています。

山本昇平/俺カンパニー社長の家族はどんな人?

1981年生まれの40歳、香川県坂出市出身です。

2歳くらいまで香川県で過ごし、その後、父親の転勤で高等学校卒業までは、茨城県で過ごしました。

父親は大手企業の開発者で、現在は関連会社の社長を務められているそうです。

山本昇平社長の両親は、水泳・書道・ピアノ・ボーイスカウト活動等、本人がやってみたいと希望する習い事はなんでもさせてくれたそうです。

結婚については非公開です。

まとめ

  • 俺カンパニー社長の山本昇平社長は、大学時代はアルバイトに励み、その時に飲食業に出会う
  • 山本昇平社長の最終学歴は、東京電機大学理工学部情報社会学科卒業
  • 山本昇平社長の経歴は、短期集中型で、入社から1年2カ月で株式会社ムジャキフーズの独立支援制度を使い起業
  • 山本昇平社長のお店は、SNSを通じて知名度が上がる
  • 山本昇平社長は、新しいことにどんどん挑戦している