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横川竟/高倉町珈琲会長の経歴や学歴は?家族はどんな人?

すかいらーく設立者、現高倉町珈琲会長の横川竟氏。

横川竟氏は、高倉町珈琲設立時価格で勝負するのではなく、品質で勝負するというこだわりを持って取り組んでこられました。

横川竟会長の今までの経歴や思想、家族などプロフィールに迫っていきましょう。

ちゅうこ
ちゅうこ
日本初のファミレス「すかいらーく」の創業者の吉川会長って一体どんな経歴の持ち主なんでしょうね。

横川竟/高倉町珈琲会長の経歴は?

<横川竟氏の経歴>

1953年頃  上京し家具屋に就職
1955年頃  家具屋が倒産、築地で働き口を見つける
1962年 4月 兄弟でことぶき食品有限会社 設立
1970年 7月 日本初となるファミリーレストラン「すかいらーく」1号店を東京都府中市に出店
1974年11月 株式会社ことぶき食品から株式会社すかいらーくに商号変更
1979年 5月 株式会社サンボ・ジャパン(現:株式会社ジョナサン)設立
1980年 4月 ファミリーレストラン「ジョナサン」を東京都練馬区に出店
1982年 8月 東京証券取引所市場第二部に株式上場
1984年 6月 東京証券取引所市場第一部に株式上場
1985年12月 株式会社藍屋 設立
2003年10月 株式会社すかいらーくの取締役から退く
2006年 3月 同社 代表取締役社長兼最高経営責任者に復帰
2006年 9月 創業家による株式買取(MBO)により上場廃止
2008年 8月 同社 代表取締役社長兼経営最高責任者 退任
2013年 6月 「高倉町珈琲」1号店を東京都八王子市に出店
2014年 4月 株式会社高倉町珈琲 設立

横川竟会長は、中学卒業後上京して家具屋に就職しますが、2年後に会社が倒産してしまいます。

仕事を探して、築地に行き、土下座をして雇ってもらうように頼んだそうです。

それから、4年間築地場外の仲卸問屋で商売の基礎を学びました。

ばらばらの職場で働いていた4兄弟は、一緒に会社を設立することにします。

必死にお金を貯め1962年遂に、ことぶき食品有限会社を設立しました。

同社は、食料品を取り扱うスーパーとして事業を開始します。

地域密着型スーパーという形をとり、ターゲットを周辺住民に絞り込みリピーターを作るという戦略で着実に商売をしていました。

しかし、この頃大型スーパーの進出という今までの商売の常識を覆すような時代の流れが起き、スーパー事業は断念せざるを得なくなりました。

事業は失敗に終わりましたが、横川竟会長たち兄弟は諦めませんでした。渡米し、市場調査を行います。

そこで、郊外型のレストランが繁盛していることに気づきます。

当時の日本は、自家用車が生活の一部として浸透し始めている時期でした。

今後も、この流れは続くはずだと確信し、ターゲットを自家用車で移動する家族に絞ったレストランの運営を始めます。

そしてその読みは、見事に的中しました。自家用車は、一家に一台の時代になり郊外型のファミリーレストランは大盛況でした。

店舗数はどんどん増え、日本中に広がっていきます。

ジョナサンやガストなど様々な形態の店舗展開も支持を得て、すかいらーくのレストランは世の中に定着しました。

そして2003年、4兄弟は揃って、取締役から退き、会社を次の世代にたくしますが、その3年後の2006年、横川竟会長は、再び第一線に復帰します。

しかし2008年経営不振を理由に横川竟会長は、退任に追い込まれました。

ここで終わらないのが横川竟会長の凄いところなんです。

なんと2013年、76歳の時にコーヒーチェーンの会社を設立しました。

なぜ、カフェを選んだのかと尋ねられた横川竟会長は、「これからはこういうところに人が集まると思ったから。

レストランは食事を中心に提供しないといけない、喫茶店はお茶やコーヒーとスイーツが中心、でもカフェなら何があってもいいから。」と答えていました。

また、横川竟会長はお客様にとって気軽に行ける居場所でありたいと、椅子にこだわっているそうです。

長く座っていても疲れないようにクッションの厚さや背もたれの角度など細部にまでこだわった椅子を採用し、ゆっくりと過ごしてもらえるように気を配っています。

主婦層の支持を得られるとカフェは成功するというのが、横川竟会長の持論です。

なので、提供するスイーツは、家庭ではできないものがコンセプト。

価格で勝負するのではなく、品質で勝負するという横川竟会長のこだわりが詰まった高倉町珈琲も順調に成長していっているようです。

横川竟/高倉町珈琲会長の年収は?

横川竟会長の年収は公表はされていませんが、会社の規模から判断すると3,000万~4,000万円くらいと予想されます。

<高倉町珈琲の年商>

売上高 18億円(2018年12月期)

引用元:経営者通信

高倉町珈琲は関東圏を中心に35店舗を展開しています。モーニングからカフェメニュー、軽食、アルコール類と幅広く提供しています。

特に、こだわっているのは、「お客様においしいコーヒーを飲んでゆっくり過ごしていただく店」であることと、「おいしいコーヒー」を楽しんでいただくことです。

アイスコーヒー用、ブレンド用などコーヒーの種類によってそれに合う豆を選び、煎り方、挽き方、入れ方全てにこだわりを持って研究しながら、最高の状態でお客様に届けられるよう努力しています。

横川竟/高倉町珈琲会長の学歴は?

横川竟会長は、中学卒業後、上京して就職しています。

そのため、最終学歴は、新制諏訪市立四賀中学校卒業となります。

横川竟会長が、中学校を卒業した1950年代は、高等学校に進学せずに就職する生徒が多く、特別な事ではなかったようです。

学歴は、中卒ということになりますが、横川竟会長は、他の人より早く社会に出て経験を積み、すばらしい経歴を残してこられた敏腕経営者です。

横川竟高倉町珈琲会長の思想や座右の銘は?

商売の基本は10年前も30年前も50年前も同じです。

時代の流れや技術の進歩で忘れがちですが、根本は昔から何も変わっていません。
商売の原点は、同じなんです。

商売は嘘をつくな。いいものを売れ。よけいに儲けるな。

お客様のために、喜んでいただくためにというお客様を大切に想う横川竟会長のこだわりが感じられます。

自分の利益ばかりを追い求めると、お客様は離れてしまいます。

いい店は作れても、いい経営ができるとは限らない。

様々な苦難を経験し、乗り越えてきた横川竟社長の言葉は、説得力がありますね。

横川竟/高倉町珈琲会長の家族はどんな人?

1937年11月1日生まれの84歳、長野県諏訪市出身です。

4人兄弟の3男として生まれました。

お姉さんもいるので5人兄弟ですね。

ことぶき食品有限会社の共同経営者である4兄弟はどんな方たちなのでしょうか。

長男:端(ただし)
生年月日:1932年1月21日
前職:時計の精工舎勤務

ことぶき食品では、取締役を務めました。

すかいらーくでは、専務取締役、代表取締役会長、取締役グループ統括機構代表理事、取締役最高顧問等を歴任しています。

現在は東京交響楽団の会長をされていて、藍綬褒章を受章されたそうです。

藍綬褒章(らんじゅほうしょう):模範となるような優れた業績が認められた人に授与される勲章。

次男:茅野亮(ちのたすく)
生年月日:1934年12月12日
前職:叔母の家で農業

養子に出されたため名字が違うそうです。

ことぶき食品の初代社長を務めました。

すかいらーく創業後は、初代代表取締役社長を務めます。

2010年に急性肺炎のため亡くなられたようです。

4男:紀夫(のりお)
生年月日:1940年3月21日
前職:東急電鉄勤務

ことぶき食品では、取締役を務めました。

すかいらーくでは、常務取締役、代表取締役副社長、代表取締役会長、最高顧問を歴任しています。

2002年あかつきビーピー(現:ヴィア・ホールディングス)取締役会長に就任。

現在は、同社の代表取締役社長を務めています。

横川竟会長は結婚をされているようですが、子供さんの情報は未公開のようでした。

まとめ

  • 横川竟会長は、大学には進学されませんでした。
  • 横川竟会長の最終学歴は、新制諏訪市立四賀中学校卒業です。
  • 横川竟会長は、兄弟4人で一緒に会社を設立しました。
  • 横川竟会長は、事業に失敗しても諦めずに時代を読み、新たなスタイルのレストラン事業を始めます。
  • 横川竟会長は、76歳の時に高倉町珈琲を開業し、会社を立ち上げました。