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登大遊/プログラマーの経歴や学歴は?家族はどんな人?

大学生の時に既に起業し、様々なメディアで日本のビルゲイツと紹介される天才プログラマー登大遊氏は、どのような活躍を見せているのでしょうか。

登大遊氏のこれまでの経歴や育ってきた環境などをチェックしていきましょう。

ちゅうこ
ちゅうこ
登大遊氏は天才の中の天才だわ!

登大遊/プログラマーの経歴は?

<登大遊氏の経歴>

2004年 4月 筑波大学発のベンチャー企業ソフトイーサ株式会社を起業
代表取締役に就任
2008年10月 CYBERDYNE 株式会社の情報通信担当顧問に就任
2015年 9月 株式会社つくばインターネットサービスの取締役に就任、
一般社団法人未踏 監事に就任
2017年 2月 茨城県警察 サイバーセキュリティ対策テクニカルアドバイザーに就任
2017年 4月 筑波大学国際産学連携本部准教授
2018年   独立行政法人 情報処理推進機構 (IPA) 産業
サイバーセキュリティセンター 入社 サイバー技術研究室長 就任
2020年   NTT東日本 入社 特殊局員として勤務

大学2年の時に設立したソフトイーサ株式会社の代表取締役として企業と共同でソフトなどの開発・改良に携わっていました。

ソフト開発と学業の二足の草鞋を履いて、より知識を深めていった登大遊氏は、大学卒業後、大学院へと進学します。

在学中にも関わらず、注目を集めていた登大遊氏は、各企業から技術協力の依頼が次々と舞い込み、企業の最前線で問題点や改善点など様々なニーズを知っていきます。

大学院修了後、大学に残り准教授として後輩たちの指導にも携わりました。

翌年には、独立行政法人 情報処理推進機構 (IPA) 産業サイバーセキュリティセンターでサイバー技術研究室長として勤務します。

登大遊氏が、更に注目を集めたのは、新型コロナウイルスにより今までの生活様式の見直しをせざるを得なくなった2020年です。

経済産業省の傘下の団体でこのコロナ過で自治体テレワークシステムの開発プロジェクトリーダーを務める登大遊氏は、2020年4月には新型コロナウイルスの流行によって在宅勤務となった人達の為に、会員登録不要、無料で利用できるシンクライアント型VPN『シン・テレワークシステム』の提供を開始しました。

シン・テレワークシステムでは、ユーザーが自宅にあるPCに専用アプリをインストールすると、オフィスなどにあるPCを遠隔操作が可能となります。

「SoftEther」をベースにすることで構想からわずか2週間あまりでリリースさせ、2021年2月現在10万人に迫るユーザーが利用しています。

実は、驚くべきことは他にもあります。

未曾有の事態に混乱する企業やそこで働く人達の危機を救ったこの画期的なシステムを2週間という短期間に完成させたこと。

しかも開発費は65万円という低予算でこれだけのシステムを作り上げてしまったこと。

この事実は世間を驚愕させました。

登大遊/プログラマーの年収は?

現在の職業は、プログラマー、ソフトイーサ株式会社の代表取締役会長、CYBERDYNE 株式会社 情報通信担当顧問、株式会社つくばインターネットサービス 取締役、筑波大学国際産学連携本部准教授、独立行政法人 情報処理推進機構 (IPA) 産業サイバーセキュリティセンターのサイバー技術研究室長、一般社団法人未踏の監事、茨城県警察 サイバーセキュリティ対策テクニカルアドバイザー 、NTT東日本特殊局員と多くの肩書を持っています。

さらに、インターネットに関する研究・運用プロジェクトであるWIDEプロジェクトにもメンバーとして参加していて、ソフトウェアの使用料等を含めると、一般人では想像できない状態です。

各方面で、登大遊氏の才能が求められているんですね。

<ソフトイーサ株式会社の年商>

年商に関する情報は公表されていませんが、2億~3億円くらいではないかという予想が大半です。

大手企業とタイアップしたり、筑波大学や独立行政法人 科学技術振興機構 (JST)との共同プロジェクトなども行っている同社は、改良を繰り返しより良いソフトの開発や社会貢献活動に積極的に取り組んでいます。

登大遊/プログラマーの学歴は?

小学生の時から機械やパソコンをおもちゃにしてきた、デジタルネイティブの登大遊氏はどのような学生時代を送ってきたのでしょうか。

出身大学

筑波大学第三学群情報学類を卒業後、大学院に進み、筑波大学大学院システム情報工学研究科筑波大学第三学群情報学類を終了しています。

筑波大学は文部科学省が実施しているスーパーグローバル大学事業のトップ型指定校です。

登大遊氏は筑波大学1年の時に、VPNソフトウェア「SoftEther 1.0(ソフトイーサ いってんぜろ)」を開発し、2003年12月に発売しています。

2004年4月には登大遊氏を中心とした筑波大学の学生たちで、電気通信事業を業務とする筑波大学発のベンチャー企業ソフトイーサ株式会社を立ち上げました。

在学中の受賞歴は以下の通りです。

2004年 9月 スーパークリエータ/天才プログラマー認定
2005年 4月 第15回 日経BP技術賞「特別賞」
2006年10月 ソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2006「グランプリ」
2007年 3月 筑波大学学長表彰
2007年10月 経済産業大臣表彰受賞

出身高校は?

高槻高等学校を卒業しています。

高槻高等学校は、大阪府高槻市にある私立の中高一貫校です。

部活は、放送部に入部しました。

高校時代は、授業が終わった後、1時間程度放送部で活動し、22時頃までゲームばかりしていたそうです。

高槻高等学校は、とても自由な校風で登大遊氏は、プログラミングやゲーム作成ノウハウ等の書籍を出版し、携帯電話のFOMAのメモリ編集ソフトPLUS for FOMAをシェアウェアとして開発しています。

また、在学中に、教師に依頼され校内LANの環境整備をしたそうです。

登大遊プログラマーの思想や座右の銘は?

  • 失敗したっていい。

たった一度や二度のチャレンジ でやる気を失ったりするのはもったいない。

  • 口癖は「けしからん!」

簡単に諦めてしまうことが最も「けしからん!」と言っているそうです。

  • プログラミングは没頭した無意識の中で行うのがいい。
    何も考えない。

脳の反復的な作業で答えが出てこない時は、直感的な創造が必要。

登大遊/プログラマーの家族はどんな人?


1984年11月17日生まれの37歳、兵庫県尼崎市出身です。

登大遊氏の父親は、会社員でしたが、学生の頃から機械いじりが趣味で、休みの日によくアナログ回路や半導体回路を組み合わせてラジオやスピーカーを自作していたそうです。

登大遊氏が小学校に上がった頃には、父親と一緒に大阪の日本橋まで行き、部品を買ってもらって、はんだを使って電子回路で動くおもちゃやラジオなどを分解したり組み立てたりして遊んでいたそうです。

登大遊氏がプログラミングを始めたのは、小学校2年生の時。

ファミコンを買ってほしいと両親に頼みましたが、買ってもらえませんでした。

そこで登大遊氏は、捨てる予定のNEC・PC-8001パソコンを貰って、ゲームを作り始めたことがきっかけだそうです。

小学生の時には既に「自分で改造もできないファミコンはつまらない。と感じていたそうです。

小学生の時は、放送委員会に所属していました。

放送機材の中にはコンピュータがあって、ふたを開けて分解して、翌日までに元に戻すということをしていたそうです。

理由を聞かれた登大遊氏は、「表向きの機能はわかるのですが、どうやって動くのか? わからないことは何とかして知りたい。その好奇心が人よりも強いんです。」と答えていました。

小学4年には、ゲームは辞めて、受験勉強に集中します。中高一貫校に入れば、自由な時間が増えると考えたようです。

見事高槻中学校に合格した登大遊氏は、専門書を読み独学でプログラミングを習得し、中学生の時には自分でゲームを作成し遊んでいたそうです。

結婚しているのか子供はいるのかなど現在の家族に関する情報はありません。

まとめ

  • 登大遊氏の最終学歴は、筑波大学大学院システム情報工学研究科筑波大学第三学群情報学類終了です。
  • 登大遊氏の経歴は、大学在学中から始まっています。
  • 登大遊氏は、大学在学中にたくさんの賞を受賞し、その才能は誰もが認めるものでした。
  • 登大遊氏は、大学院卒業後、たくさんの肩書を持ち、ニーズに沿った新しいソフトを生み出しています。
  • 登大遊氏は、新型コロナウイルス流行で在宅勤務となったユーザーの為に、会員登録不要、無料で利用できるシンクライアント型VPN『シン・テレワークシステム』を開発しました。