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松山剛己/松山油脂社長の経歴や学歴は?家族はどんな人?

松山油脂と言えば、MARKS&WEBを開発した企業ですね。松山油脂の松山剛己社長。

松山剛己社長の経歴がすごい!廃業寸前の松山油脂株式会社をグループ年商80億円企業にまで成長させた敏腕社長です。

ちゅうこ
ちゅうこ
ここで分かることはこれだよ!
  • 松山油脂社長松山剛己氏の経歴
  • 松山剛己社長の学歴
  • 松山剛己社長の思考や座右の銘
  • 松山剛己社長の家族
ちゅうこ
ちゅうこ
松山剛己社長ってめちゃくちゃイケメン!

松山剛己/松山油脂社長の経歴は?

子どもの頃から成績が良く、慶応義塾大学に進学して卒業と順調に学生生活を過ごしたと語る松山剛己社長は、大学卒業後どのようにして今の地位までたどり着いたのでしょうか。

<松山剛己氏の経歴>

1986年 株式会社博報堂 入社
1990年 三菱商事株式会社 入社
1994年 松山油脂合名会社(現:松山油脂株式会社) 入社
1995年 同社初の自社ブランド「Mマークシリーズ」をリリース
2000 年 同社 代表取締役社長 就任。
関連会社として株式会社マークスアンドウェブ 設立 代表取締役社長 就任。
2017年 持ち株会社「MMGホールディングス」を設立

慶応義塾大学を卒業後、大手広告代理店に入社します。

入社後は、主に外資系企業向けの商品開発及びマーケティングを担当しました。

入社から4年後、大手商社に転職します。ここでは、情報産業企画部に配属されます。

 

しかし、ここで松山剛己社長は、人生で初の挫折感を味わいます。

転職先の商社では思うように成績が残せなかったのです。

落ち込んだ松山剛己社長の脳裏に浮かんだのは、実家の工場でした。

「自分達の手で作ったものをお客様に届ける」という目に見えるプロセスが自分には合うのではないかと考えるようになりました。

しかし、時代はバブルが崩壊し日本中が不景気にあえぎ倒産する企業も多くありました。
実家の松山油脂合名会社も同じでした。

同社は、下請けで固形石鹸を製造する専業メーカーでした。

しかし、大手企業の参入等で売上は激減、さらにバブル崩壊が追い打ちをかける状態で、松山剛己社長の父親は廃業を考えていたそうです。

松山剛己社長が実家を継ぐと言った時は、猛反対されたそうです。

会社を守りたいという覚悟を決めて、1994年松山油脂合名会社(現:松山油脂株式会社)に入社し、1年間現場で汗を流して働いたそうです。

さらに逆風は吹き続けます。

この頃東南アジアから安い石鹸が輸入されてくるようになってきました。

価格は、日本製の半分以下です。これでは下請けは成り立ちません。

松山剛己社長は、会社の将来や社員の雇用を考えると、依頼主の状況に左右される下請けだけでは会社の継続は難しいと感じ、新たに自社ブランドをつくろうと考えました。

しかし、自社ブランドを製造販売することは、今までの依頼主の競合相手になるということなので、両立はできません。

どちらかを選択しないといけないのです。そこで松山剛己社長は、自社ブランドで勝負すると決断します。

長年働いてきた職員の中には、反対したり、会社を去る選択をした人もいたそうです。

事業は色々な人に協力してもらわないとできません。だから、一緒に働く仲間はとても大切です。

松山剛己社長は、自社ブランド立ち上げにかける思いを必死に社員達に伝え続けました。

すると、若い社員達を中心に松山剛己社長の思いに共感してくれる社員達が徐々に増えていきます。

そして、1995年初の自社ブランド「Mマークシリーズ」発売。

自社ブランドを立ち上げれば、直接お客様の声が聞けて、それを次の商品開発に活かせると考えていたのですが、実際は、卸問屋を経て販売店へという商流は変えられませんでした。

そこで、2000年、社長に就任したタイミングで自社ブランド「MARKS&WEB」の商品を直営店で販売する会社、株式会社マークスアンドウェブを松山油脂株式会社の子会社として設立しました。

そうすることで、企業の下請けを請け負う松山油脂株式会社を切り離すことにもなります。

松山油脂株式会社ではこれまで、余計なものを一切加えない、無添加や無香料の商品だけを作ってきました。

しかし、自社ブランドでは、エッセンシャルオイルや植物エキスなどを加えた多様な商品をお客様に提供しようと考え、常に新しい商品、面白い商品を提供できるようにしているそうです。

松山剛己社長は、常に新しいチャレンジをしてくれている社員を仲間と呼んでいます。

面接にも必ず立ち合い、経歴ではなく人間性を重視して仲間になってもらっているそうです。

そして、ほぼ全ての社員を正社員として雇用し、利益が平等に社員達に還元されるように気を配っています。

社員達も頑張った分が自分に戻ってくるわけですからやる気が出ますね。

松山剛己/松山油脂社長の年収は?

年収については公開されていません。

<松山油脂の年商>

売上高  4,267,934千円 (2021年3月期)

引用元:松山油脂株式会社ホームページ

松山剛己社長が、家業を継ぐために松山油脂株式会社に入社した時は、利益が年に100万円から200万円程度だったそうです。

そこから、グループ全体で年商80億円、利益も10億円を超えるまでに成長させた松山剛己社長は、現金で安全に返済できる範囲で投資するというように、堅実な借金をしてきました。

そのため、会社の自己資本比率を常に75%、80%を保っているというとても堅実な経営をしています。

松山剛己社長自身が、幼少期に金銭的に余裕がない中、必死に働く両親や祖母の姿を見て北からお金の大切さを十分知っているからだと語っていました。

松山剛己/松山油脂社長の学歴は?

廃業寸前の家業を立て直し、自社ブランドまで立ち上げたパワフルな松山剛己社長の学生時代をみていきましょう。

出身大学

慶応義塾大学経済学部を卒業しています。

出身高校は?

公表されていません。

プライベートな情報は、あまり公表していないようです。

松山剛己/松山油脂社長の思想や座右の銘は?

  • 「個」と「個」が集まることによって相乗効果が生まれる。

他者との会話や業務のやり取りを通じて、自分が気づいていなかったことに気づかされることがあります。

大切なことは、相手を尊重して話を真摯に聴こうとする姿勢です。

  • まずやってみる。走りながら考える。

「こうなりたい」「あれがしたい」と考えて行動すれば、能力は後から伸びてきます。

湧き出るような情熱、やる気といった熱意を持つことが、成長の近道です。

仕事において大切なのは、まずやってみることです。

そして、走りながら考え、遠回りしてでも成功するまで挑戦し続けることです。

  • 自分たちが良いと考えて作り上げたものを、自分たちの名前で世に出したい。
  • お客様と直接向き合い、自社の商品を提案して、そこで得られた反応を次の商品開発に活かしたい。

新鮮みのある有用な成分があったらどんどん取り入れ、新しいものを作ってお客様の選択肢を増やしたいという思いで開発をし、今では300アイテムの商品を扱っています。

そしてその300アイテムの商品ひとつひとつについて、きちんとお客様に説明したいという意味で直営店を展開しています。

  • 挫折をしたり、失敗をしたりして痛みを感じたりするというのは、すごく良いことです。相手の話を聴く謙虚さは、失敗したことのない人には持つことが難しい考え方です。

意見がぶつかったときに、自分の意見を通そうとか、説得しようとか思って構える人と、まずは相手の話を聴こうという謙虚な態度の人とは大違いです。

これほど大事な能力、大事な才能はないでしょう。

  • 経営者として気を付けていること。

命令するのではなくて質問する。

そして指示するのではなくて社員のやりたいことを引き出すということ。

社員の年収を増やすこと。

そのために、借り入れをあまりせず、キャッシュの中で経営する。

松山剛己/松山油脂社長の家族はどんな人?

1964年生まれの57歳、東京都出身です。

結婚はされていますが、子供さんの存在は公表されていません