芸能人有名人

永沢碧衣/絵本作家マタギの経歴や学歴は?家族はどんな人?

絵本作家の永沢碧衣さん。

絵本作家の他にも、画家・マタギと、様々な肩書を持つ永沢碧衣さんは、どのような経緯で、マタギになったのでしょうか。

ちゅうこ
ちゅうこ
ここで分かることはこれだよ!
  • 絵本作家の永沢碧衣さんの経歴
  • 絵本作家の永沢碧衣さんの学歴
  • 絵本作家の永沢碧衣さんの家族
ちゅうこ
ちゅうこ
バラの園芸方法を教えてもらいたい!!

永沢碧衣/絵本作家マタギの経歴は?

<永沢碧衣さんの経歴>

2016年 地元横手の水産物卸売市場に就職
2018年 東京都と秋田県のニ拠点生活を始める

絵本作家の永沢碧衣さんは、大学卒業後は、地元横手の水産物卸売市場へ就職し、営業職として勤務します。

同社への就職を決めたきっかけは、就職活動中に参加した「合同説明会」での出会いでした。

同社の担当者に、名刺を渡そうとした時、「あなたの事はよく知っています。あとは会社に来てください。

詳しくは、それからでいいので。」と言われて、よく見ると、机の上には、永沢碧衣さんのフェイスブックやホームページを印刷した書類がありました。

後日、同社を訪れると、
「営業は午前で終わるし、午後からは、絵の制作もできるし、水産物卸売市場では、作家もやっていいよ。両立っていう考えであれば、うちはやりやすいよ」と、とても良い条件を提示されます。

同社は、デザイン業界や美大を卒業した学生たちと、地元の企業家が、今後どう関わっていくのかということを真剣に考えている企業でした。

理解のある就職先に巡り合えた永沢碧衣さんでしたが、次第に今の環境に違和感を感じ退職しました。

その後は、地元を離れ、自然と共にある暮らしや働き方を考え、転職したり拠点を移すなど試行錯誤しながら、自分の求める生活を探していました。

そして、2018年からは絵画作家として活動しながら、都内でギャラリーを有する飲食店のスタッフとして勤務するというニ拠点生活を始めます。

故郷に戻り創作活動に励む傍ら、秋田県の上小阿仁村が、取り組んでいる里山の魅力を発信するプロジェクト「上小阿仁プロジェクト」にも、2017年から約2年間参加し、地域活動にも積極的に貢献してきました。

自然に触れながら、生活をしていたある日ふと、「生き物を殺して食べる。」ということは、どういうことなのかを知りたくなり、マタギの里を訪れました。

マタギとは独自のしきたりを守りながら集団で狩猟を行う人々のことです。

永沢碧衣さんは、マタギの頭領である鈴木英雄さんのもとで、狩猟免許を所持し、修行を続けています。

近年、永沢碧衣さんのような若者が増えてきているそうです。

この傾向に驚いていたのは、
「マタギは自分の代で終わり」と覚悟していた頭領の鈴木さんでした。

代々、マタギを受け継ぎ、9代目に当たる鈴木さんの息子は、就職を機にマタギの里を離れてしまいました。

マタギの里も高齢化と人口減少のために、後継者不足が深刻になっていました。

そんな時に、都会から20代の若者たちが「マタギを教えてほしい」と集まってきたのです。

時代の流れで消滅の危機にあるマタギの元に、「生きることの意味」を求め集まる若者たち。

都会では感じられない「命」や「食」が身近にある世界に、答えがあるのかもしれません。

永沢碧衣さんも、自ら山に入って狩猟をし、マタギと語らう中で感じ、考えたことを絵画で表現していきます。

山とクマ、人の関わりをテーマにした絵画の展覧会をマタギの里でも数回開催しています。

永沢碧衣さんの作品は、ダイナミックな構図と、キャンパスの大きさで見る人を圧倒する迫力があります。

中には、高さ182センチ、幅637センチという大作もあります。

2021年に初披露した新作の作品名は「山景を纏(まと)う者」。

1カ月半かけて書き上げた新作は、広葉樹と針葉樹が入り交じる山並み、そして、目を凝らすと、さまざまな動きをするクマたちの姿が描かれています。

この作品は、頭領である鈴木英雄さんから話を聞く中で生まれたそうです。

「人を怖がり、広葉樹が茂る奥山にすむクマがいる。一方その子や孫の世代になると、人工のスギ林が茂る里山近くにすみ、苦労せずに食べ物が手に入ることを覚えて人を恐れないクマがいる。」そんなクマたちの関係性を表現したとのこと。

クマを山のように大きく描いているのは、間近でクマと遭遇するマタギとして経験からくるものではないでしょうか。

彼女にしか描けない作品ですよね。

他にも、彼女の作品には見ている人が恐怖を感じるほど迫力のあるクマが描かれています。

それぞれ表情が違うのは、クマに遭遇した時の永沢碧衣さんの感情も入っているのでしょうね。

2018年の作品「露わる者」には、こちらに向かって歩いてくるクマの姿が中央に描かれた迫力ある作品。

2021年の作品で、先ほど記事中に登場した「山景を纏(まと)う者」には、山のように見えるクマやのびのびと過ごしているような雰囲気のクマなど様々なクマが描かれています。

これから、どのような作品が生み出されるのか、今後の永沢碧衣さんの活躍が楽しみですね。

永沢碧衣/絵本作家マタギの年収は?

専業でマタギをしている人や豊かな経験を持つマタギの中には、年収300万円を超える人もいるようですが、永沢碧衣さんくらいの年齢であれば、130から180万円程度と言われています。

しかし、地域差も、かなりあるようなので、実際のところは不明です。

永沢碧衣さんの現在の肩書は、絵画作品制作、イラストビジュアル制作、絵画教室、SNS写真撮影、クリエイティブユニット「パシャパ舎」など、様々な活動をしながら、マタギとしての修行もこなしています。

マタギとして、「生きる」とは何かに向き合い、自然と共存しながら作品に表現していく永沢碧衣さんは、彼女にしか表現できない作品を描き続け、幅広いフィールドで活躍しています。

永沢碧衣/絵本作家マタギの学歴は?

美術の世界に、どのように入っていったのでしょうか。

永沢碧衣さんの学歴について紹介します。

出身大学

永沢碧衣さんは、秋田公立美術大学 アーツ&ルーツ専攻を卒業しています。

大学在学中に、自然のつながりや魚をテーマにした作品制作を開始します。

出身高校は?

秋田県立横手城南高等学校を卒業しています。

高校時代は、美術部に所属していましたが、入学当初は、漠然と卒業したら看護学校を目指そうかと考えていたそうです。

しかし、本格的に進路決定をしなくてはいけない時期になり、今後の進路として、美大や創作活動を仕事にするなど、美術への関心が大きくなっていきます。

永沢碧衣/絵本作家マタギの思想や座右の銘は?

秋田は、晴れが少ない分、晴れたときは「今日はいい日だ!」と思えるくらいきれいなんです。

雲の間から光が差して、山や田んぼが照らされると、きらめくような感じ。

光の当たった大地を目にすると、全部いとおしいです。

永沢碧衣/絵本作家マタギの家族はどんな人?


1994年生まれで今年で28歳、秋田県出身です。

永沢碧衣さんは、岩手との県境、奥羽山脈に囲まれた山あいの「山内(さんない)村」で、生まれ育ちました。
(市町村合併で、いまは横手市になっています。)

カモシカやキツネなどの野生動物との共存が、当たり前のような環境で、畑では、家族が食べる分と、ときどき直売所に持って行く分くらいの野菜をつくっていたそうです。

両親ともに山内村出身だそうです。

そんな永沢碧衣さんの趣味は、沢登りや釣り、ドライブ、映画鑑賞ととてもアクティブ。

結婚に関する情報はありませんでした。

まだ若いので、これからかもしれませんね。

まとめ

  • 永沢碧衣さんの最終学歴は、秋田公立美術大学 アーツ&ルーツ専攻卒業です。
  • 永沢碧衣さんの経歴は、地元企業への就職を経て、転職をしながら、自然と共に暮らすことを模索し、ニ拠点生活にたどり着きます。
  • 自然と触れ合う中で、「生き物を殺
  • 永沢碧衣さんは、自らの経験と師匠である頭領の鈴木さんの話から、インスピレーションを得て、大作を書き上げます。
  • 永沢碧衣さんが、結婚しているかどうかなどプライベートな情報はありませんでした。