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山田義夫/テクニカン社長の経歴や学歴は?家族はどんな人?

株式会社テクニカンの創業者で、代表取締役社長の山田義夫社長。

国連も、注目する独自の液体凍結技術を持つ、同社を、どのように経営してきたのでしょうか。
山田義夫社長の経歴を紹介します。

ちゅうこ
ちゅうこ
ここで分かることはこれだよ!
  • 株式会社テクニカン山田義夫社長の経歴
  • 株式会社テクニカン山田義夫社長の学歴
  • 株式会社テクニカン山田義夫社長の年収
  • 株式会社テクニカン山田義夫社長の考え方や家族
ちゅうこ
ちゅうこ
冷凍食品専門店「トーミン・フローズン」知ってる??

山田義夫/テクニカン社長の経歴は?

<山田義夫氏の経歴>

様々な職業を経験

1989年7月 株式会社テクニカン 創業

2012年 横浜市立大学と共同で、血液細胞を破壊しない冷凍保存技術の研究開発
2018年 8月 国連のSDGs(持続可能な開発目標)推進会議に出席し、講演
2019年6月 小型液体凍結機「凍眠ミニ」の製造・販売を同社のグループ企業であるティーカンパニー株式会社で販売開始
国連のSDGs(持続可能な開発目標)推進会議に出席し、講演
2019年 食品卸の大手である伊藤忠食品との業務提携を締結
2021年 横浜市で冷凍食品専門店「トーミン・フローズン」 開店

大学を卒業した山田義夫社長は、大好きな遊びをするためには、お金が要るから、なんでもいいから働こうという考えだったそうです。

それから数年は、いろいろな職業を転々としていました。

10年くらい会社員をしたり、実家の食肉業や兄弟の会社を手伝ったり、大きな船を保有し、漁師も経験したそうです。

乗馬クラブを経営したり、ステーキハウスを六本木で出店したりと、自ら経営側にまわったこともありましたが、どれも赤字続きでした。

転機となったのは、兄弟の食肉会社を手伝っていた時のことです。

当時は、外食産業が伸びていて、年間200から300店舗出店する時代で、問屋には毎年、前年を大きく、上回る注文が入ります。

しかし、食肉の冷凍には1日かかります。

さらに、冷凍した商品の保存場所を確保すると、注文を受けても製造が追いつきませんでした。

そこで、山田義夫社長は、ブラジルで学んだアルコールの知識を生かし、アルコールで凍結する方法を考え出し、約1年で「凍眠」を完成させました。

アルコールは低温にすると蒸発もしないし、比重も軽いので物が沈むし、表に出すと蒸発しするので、口に入れても害がありません。

どんどん精度を磨き上げた機械を世に売り出すため、山田義夫社長は、満を持して1989年株式会社テクニカンを創業します。

しかし、新しい技術は、なかなか理解してもらえず、製品はなかなか売れませんでした。

それでも、黒字経営を続けていましたが、創業から6年くらいたった頃に、大手機械メーカーから「凍眠」の代理店をさせてもらえないだろうかと申し出がありました。

山田義夫社長は、あまり乗り気ではなかったのですが、結局、申し出を受けることになります。

従業員を大量に雇い、工場を新設しましたが、最初の3年半は全く売れず、結局4年半で、約2億5千万円の損失を計上、累積で1億6千万円の赤字を出してしまいました。

しかし、徐々に、株式会社テクニカンの技術が浸透してきて、畜産、水産のみならず、農産、加工食品メーカー、酒蔵メーカーなど多様な業態のクライアントを抱える企業に成長していきます。

2012年には、横浜市立大学と共同で、血液細胞を破壊しない冷凍保存技術の研究開発を始めました。

同社の摂氏零度以下の液体に浸すことで、通常の冷凍倉庫の20倍の速度で食品などを冷凍する「液体凍結技術」を活用します。

冷凍速度を高めると、氷の結晶ができないため、血液組織を傷つけないのです。

医療の分野にも、同社の技術が生かせる事を世間に、アピールした結果となりました。

また、廃棄ロスを減らすことができ、消費エネルギーの面でも、効率がいいなどの点が評価され、2018年と2019年、 アメリカニューヨークにある国際連合本部に招かれ、同社が保有する液体凍結技術を活用した SDGsへのコミットメントについての講演をしました。

新型コロナウイルス感染が拡大すると、冷凍食品の需要が伸び始めます。

 

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2021年には、横浜市で冷凍食品専門店「トーミン・フローズン」の営業を始めます。

小売店のバイヤーや飲食店、生産者など、事業者向けのショールームとしても活用し、需要を掘り起こします。

そして、2021年年末に発表された日経トレンディ2021年12月号で、同社の冷凍食品専門スーパー 「TOMIN FROZEN」が、業界初の試みとして、最新冷凍技術の冷凍食品をドラッグストアで、販売を開始するというニュースが、第2位にランクインしました。

様々な業界から、かなり注目されているようです。

2022年には、新型コロナウイルス禍の影響で、飲食店の持ち帰り商品や冷凍食品の需要が高まっている動きに対応するため、飲食店向けに、冷凍能力を2倍超に高めた新機種や小型急速冷凍機を売り出しています。

山田義夫社長は、自社の技術を最大限に生かし、時代が求める形で進化させ続けています。

遊びの天才から、国連も認める環境に、やさしい企業の社長へ飛躍をとげました。

山田義夫/テクニカン社長の年収は?

山田義夫社長の年収に関する情報はありません。

<テクニカンの年商>

近年の同社の売上高に関する情報は公開されていません。

株式会社テクニカンは、第一次産業やメーカー向けの大型機種を主力商品としていましたが、時代の流れと共に、飲食店向けの小型機種も手掛け始めます。

小型機種は、グループ企業を立ち上げ、製造販売を行い、大型機種と分業するような形式を取っています。

新型コロナウイルス感染が、拡大し始めると、さらに、消費者に直接届けるように、冷凍食品専門店の営業も始めます。

どんどん変化していく同社ですが、上場企業ではないため、情報の公開義務はありません。

どれほどの企業になったのか、気になりますね。

山田義夫/テクニカン社長の学歴は?

山田義夫社長は、両親も手を焼くほどの悪ガキだったと、語る自由奔放な少年の学歴を紹介します。

出身大学

山田義夫社長は、東洋大学を卒業しています。

勉強が出来なかったと話していましたが、謙遜だったのですね。

出身高校は?

出身の高等学校に関する情報は、公表されていません。

山田義夫テクニカン社長の思想や座右の銘は?

  • 人生に失敗はない。成功するまでは全部経験だからね。
  • 自然の中で過ごすと、人間が自然に勝てないことがよく分かる、ものづくりは、自然の摂理に添わせることが大切。
  • 絶対にあきらめないプラス思考

他社のマネをすると、2から3年くらい売れないと、辞めてしまいます。

だけど、自分で開発して、いいと思ってやっているものは、絶対諦めない。

いつか分かってくれるという気持ちがあるので、自分で作ったというのは強いですよ。

  • 本物だけを追い求めて

偽物が嫌いだから、何でも本物を出したいと思っています。

機械でも「10年くらい使えればいい。」という話も聞きますが、うちでは通用しません。

20年でも30年でも、使い続けられる製品を作るようにいっています。

<山田義夫社長の信念>
自分が信頼している人を、絶対不幸にしないというのが信念です。

それから、仕事も遊びも手を抜かないこと、全部僕の人生そのものだからです。

山田義夫/テクニカン社長の家族はどんな人?

山田義夫社長は、1947年3月23日生まれの今年で75歳、東京都出身です。

山田義夫社長は、食肉業を営んでいた家庭で生まれ育ちました。

自身の少年時代について、ずっと自然に憧れ、山や古民家、ツリーハウスで遊んだ。「勉強はさっぱりだったけど、興味のあることには集中できたね。」と話していました。

サーフィンや乗馬も、小さい頃から楽しんでいたようです。スポーツ万能で、自然の中で、のびのびとした少年時代を送ってきたようですね。

結婚についての情報は、公開されていませんでした。

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まとめ

  • 山田義夫社長の最終学歴は、東洋大学卒業です。
  • 山田義夫社長の経歴は、いろいろな職業を転々とした後、偶然遭遇した状況を打破するために新技術を開発し、株式会社テクニカンを創業します。
  • 山田義夫社長は、自信をもって製品を売り歩きますが、なかなか受け入れてもらえませんでした。
  • 山田義夫社長は、常にポジティブ思考で様々な困難を乗り越えて経営を軌道に乗せます。
  • 山田義夫社長は、自社の冷凍技術で保存している食品を直接消費者に届ける業態も確立しています。