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バイデンの経歴や学歴は?妻や息子との関係をチェック!

バイデン氏は前バラク・オバマ政権時の副大統領であり、6期36年間にわたりデラウェア州選出の上院議員を務めた政治家です。

デラウエア大学、シラキューズ大学のロースクールを卒業後、弁護士として開業したのちに、連邦上院議員としても活躍しました。

バイデンは2度の大統領選に挑戦しますが、いずれも予備選で撤退し今回が3度目の挑戦となります。

2020年11月20日には78歳となり、もし選挙に勝利すれば、2021年1月20日の大統領就任時には米史上最高齢となります。

今回は注目のジョー・バイデンにについて分かりやすく説明していきます。

ちゅうこ
ちゅうこ
トランプさんとバイデンさん、どちらが大統領になるのか気になるところです!

バイデンの経歴は?


ジョー・バイデン (ジョセフ・ロビネット・バイデン・ジュニア)は、1942年11月20日生まれで現在は77歳です。

アメリカ合衆国ペンシルバニア州スクラントンで生まれ、4人兄弟の長男として生まれました。

その直後に父親の事業が失敗し、デラウェア州ニューキャッスル郡のウィルミントンへ引っ越しをし以降、高校卒業までウィルミントンで苦しい生活を送っていたようです。

デラウエア大学、シラキューズ大学のロースクールを卒業後、弁護士活動開始後間も無く、バイデンはニューキャッスル郡の郡議会議員に選ばれ、1970年から1972年まで同職を務めました。

1972年の上院議員選挙に民主党から出馬することになります。

現職だった共和党の有力候補者と熾烈な選挙戦のあと、バイデンが対抗馬を破って勝利を収めました。

バイデンの当選は、連邦上院議員としては建国以来5番目の若さでの当選となっています。

しかし、バイデンは当選後間もない1972年12月に妻と娘が交通事故で相次いで亡くしました

同じく事故で入院していた息子の看病のため引退を考えていましたが、マイケル・マンスフィールドからの説得に応じ、そのまま職を続けることになります。

ワシントンでの仕事が多い中、バイデンは、毎日片道1時間半かけてウィルミントン郊外の自宅とワシントンD.C.を電車で往復し通勤したという父親としての姿もみせていました。

1988年2月に45歳の時に、バイデンは首の痛みに悩まされた末に手術を受けました。

脳動脈瘤が破裂したのが原因であり、この時バイデンは一時危篤状態に陥るなど生死の境をさまよいました。

さらに同年5月には2度目の脳動脈瘤の手術を受けるなど、バイデンはもはや議員活動の継続も危ぶまれたが、バイデンは懸命のリハビリを続け、入院からわずか7ヶ月で復帰しています。

2008年には2度目の大統領選挙に挑戦しますが、バラク・オバマ候補とヒラリー・クリントン候補の二強が他を突き放され撤退しています。

しかし、8月23日に大統領候補の指名を確実にしたオバマから副大統領候補指名の意向が発表されこれを受諾しました。

2017年1月12日、副大統領としての功労を讃えられ、大統領自由勲章をオバマ大統領より受章しています。

2019年3月には、民主党内部の2人の女性から複数のセクハラ行為を告発され、その後も告発者が続き現在は、7名の女性が名乗り出ています

オバマ政権時の副大統領時代から彼の過剰な女性(未成年者・児童を含む)への接触は一部メディア・インターネットで話題になっていました。

そして満を持して2019年4月に大統領選挙に立候補しました。

今回で3度目の挑戦となりますが、集会でも家族を失った経験などを話し、医療保険の大切さを有権者に訴えています。

しかし、バイデンはセクハラ疑惑のほか失言が多いことも有名で、演説の中でも差別的な発言をたびたび取り上げられています。

もし大統領に当選したのなら、その時の年齢は78歳になり、トランプ現大統領が最高齢の70歳であることから、年齢的な問題もネックとなっています。

バイデンの大好物はアイスクリームだそうで、選挙戦の最中もたびたび店に立ち寄る姿が目撃されています。

また、副大統領在任中の収入は3億以上といわれ、2017年から2018年までの本や講演料の収入は夫妻で1560万ドル(日本円で約16億4300万円)と公開されています。

バイデンの家族構成は?

ロースクール在学中の1966年に彼は最初の妻であるネイリア・ハンターと出会い、やがて結婚をします。

ネイリアとの間には2男1女、ジョセフ3世(愛称:ボー)、ロバート、ナオと3人の子供をもうけています。

しかし、1972年に最初の妻であるネイリア・ハンターは、クリスマスの買い物に行く途中で追突事故に合い、長女であるナオミ・クリスティーナと共に失っています。

生命を取り留めた息子二人も事故で入院したため、失意のバイデンは議員職を辞することも考えたそうですが、説得され辞意を翻して議員職を続けました。

その後1977年にはジル・トレイシー・ジェイコブス・バイデンと再婚し、一人の娘を授かっています。

バイデンの妻はどんな人?

現在の妻であるジル・トレイシー・ジェイコブス・バイデンは、ニュージャージー州で生まれ、その後ペンシルバニア州に移り住んだジルは、地元の短期大学に入学したものの、学業に満足いかなかったために学校を去りました。

その後、ビル・スティーブンソンと結婚した彼女は、共同経営していた店の権利について、大荒れの離婚訴訟を起こしています。

そんな時にバイデンが連邦上院議員の掲載された広告をみて一目ぼれをしました。

バイデンの弟である、フランクにデートを設定してもらったりしていましたが、前妻の子である幼い2人の息子の継母となることに躊躇し、バイデンが5度結婚を申し込んだ末に、ようやく受け入れたそうです。

娘のアシュリー・バイデンを身ごもっているときも、高校教師を続けていたというキャリアウーマンでもあります。

アメリカ合衆国のセカンドレディー時代には、乳房の健康意識を向上させるためのプログラムを無償で提供する非営利団体「バイデン乳房健康イニシアチブ」を創設し、アメリカ軍関係者とその家族を支援する「デラウェアブーツ・オン・ザ・グラウンド」でも非常に精力的に活動していました。

バイデンの息子は中国で活躍?

バイデンの二男である、ロバート・ハンター・バイデン合衆国の弁護士であり、実業家でもあります。

海兵予備役中に、コカインの陽性反応で除隊処分を受けた経緯もあります。

叔父と共にアメリカで事業を立ち上げ、ウクライナの天然ガス会社の取締役としても海外でも積極的に事業を手掛けていました。

近年では中銀国際が支援する中国系企業と共にBHRパートナーズを設立し、多額の報酬を受け取っています。

バイデンが副大統領として中国を公式に訪問した際も、同行していることが明かされています。

バイデンの学歴は?

バイデンはカトリック系のアーチミア・アカデミーを卒業後、デラウェア大学、シラキューズ大学のロースクールに進学し、スポーツを中心に取り組んでいたようです。

しかし、大学時代は政治活動についても、ウィルミントンの劇場で行われた人種差別に反対する座り込み活動に参加するなど、積極的に取り組んだそうです。

しかし、学業に関しては平凡で目立たない生徒であったようで、スポーツや友人・恋人との交際に熱中していたためか、学業の成績はあまり優れず、専攻していた歴史学と政治学において学士号を取得し卒業したものの、688人中506番目というあまり良くない成績で卒業することになったそうです。

しかし友人たちは、むしろバイデンの詰め込み勉強の才能に驚かされたというエピソードを明かしています。

出身大学

1961年ニューアークにあるデラウェア大学に進学したのちは、歴史学と政治学を専攻しました。

そしてシラキューズ大学のロースクールに進学し、在学中は1年目に法律評論誌の記事が論文を盗用したとして、学校から処分を受けたことがあります。

この事件についてバイデンは、「引用についての正確なルールを知らなかったことによる不注意で起こしてしまったものだ」として、悪意があったことを否定しています。

出身高校は?

アーチミア・アカデミーはクレイモントにあるカトリック系の私立学校、アーキメア・アカデミーへ入学し、在学中はフットボールと野球を好み、フットボールで敗北続きだったチームを、最終学年時にはシーズン無敗を達成するまでの強豪チームへと導いています。

学生時代にはフルートを好み、であり、フルートを愛好していたことから、”fleet flutin joe”というあだ名が付いていたようです。

バイデンの年齢は?

バイデンの年齢は、1942年11月20日生まれで現在は77歳です。

トランプ大統領が70歳で就任し、歴代最高齢であったのに対し、もし大統領に選出された場合は78歳になります。

歴代最高齢を遥かに超える年齢が大統領という職務に対して耐えうることができるのかを、心配し指摘する声もあります。

バイデンの政策とは?

バイデンは4月に自身の政策を発表しました。

その中で国際・外交問題では、国際社会でのアメリカの指導力を取り戻すと主張し、中国に対しては、同盟国と連携して対抗していく考えを示し、中国批判を強めてきたトランプとの差別化を図っています。

イランの核合意ではオバマ前政権の政策を引き継ぎ、イランが合意を守ればアメリカも合意に復帰する考えを示している他に、ロシアとの核軍縮条約「新START」の延長を目指す考えを示しています。

また、経済・雇用対策では、拡大する経済格差という課題挑戦し、アメリカを築き上げてきたのは、一部の富裕層ではなく、労働組合と中間層だとの考えを示し、自身が大統領になれば、そうした人々のために立ち上がると宣言しています。

アメリカ全土としての問題である銃規制に関しては、憲法修正第2条を尊重するとしたうえで、必要な規制を行うべきだと主張しています。

悲劇を繰り返している殺傷能力の高いライフル銃の製造や販売の禁止や、銃の購入者の確認や調査の徹底インターネットを通じた銃や弾薬の販売の禁止などを訴えています。

バイデンに対する世間の声は?

バイデンに対しては、国内外から期待と不安の声が聞こえてきます。

中国からは期待の声が寄せられる一方、アメリカ国内からは失言やセクハラ疑惑に対する不安の声が聞こえているようです。

しかし、アメリカ全土を覆っているコロナ対策が最大の争点にもなっており、感染拡大の封じ込めを最優先とし、これがどう評価されるかどうかが、今後の大統領選の材料になることは間違いないと思います。

まとめ