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柿崎明ニの国籍や経歴は?ジャーナリストとしての評判は?

今回、柿崎明二氏が首相補佐官に任命されるというニュースが流れました。

柿崎明二って誰?という方も多いと思いますが、「ひるおび」などのワイドショーに出演していて、政権を批判していたジャーナリストと言えばわかるのではないでしょうか。

政権批判をしていた人が、何故官邸側に回るのかと疑問視される方も多いようです。

普通、政権を批判していた人を取り込むなんて、中々できることではなく、獅子身中の虫になる可能性もあるのに何故なのか興味を持ちました。

そこで柿崎明二さんとはどんな方なのか、とても気になったので調べてみました。

国籍はどこなのか、そして経歴や学歴、自身の信条である座右の書なども詳しくご紹介したいと思います。

ちゅうこ
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柿崎明ニの国籍は?


柿崎明二さんは1961年生まれの日本のジャーナリストです。

生まれた月日などは公表されていないため詳しくはわかりませんが、10月1日の時点で59歳です。

秋田県横手市の出身で、菅義偉首相と同じ秋田県の生まれとなります。

毎日新聞社や共同通信社で、政治分野で幅広い活動を続けてこられました。

今回の菅義偉内閣では、史上初となるマスコミからの首相補佐官に任命され、その動向が様々な噂と、マスメディアに対しての影響を危惧する声が出始めています。

柿崎明二さん、なぜか秋田出身なのに、国籍をチェックされているんです。

秋田県の生まれとなっているにもかかわらずに、国籍のことを取り上げられるのは何故なんでしょう。

実は、柿崎明仁さんは出演している番組内でも、韓国を擁護するような発言を度々されています。

そのため、韓国人なのではないかとの憶測がこのような結果をまねいたのではないかと思います。

柿崎明ニの経歴は?

柿崎明二さんは早稲田大学第一文学部(現:文化構想学部と文学部)を卒業された後、1984年に毎日新聞に入社されています。

その後、1988年に共同通信社に移籍し大阪支社、松山支局、仙台支社と各地に赴任した後は、東京本社政治社会部に戻り、首相官邸・外務省・厚生省・自民党・民主党・社民党と各省庁と与野党を20年以上に渡り担当しました。

2011年に編集委員、2013年は論説委員兼務編集委員、そして2018年には論説委員と、その立ち位置を変えながら、実績を伸ばしてきました。

2019年人事にて論説副委員長に就任し、2020年9月16日の人事で総務局付となり、2020年9月30日付で共同通信社を退職しています。

同年10月1日付にて、菅義偉内閣にて政策評価、検証担当の内閣総理大臣補佐官に就任しました。

これまで与野党の担当記者として取材をしてきた柿崎明二さんですが、菅義偉首相との初取材は、菅義偉首相が初当選した時、当時野中広務さんに23人いた一年生議員に「どなたがいいですか?」と取材相手を聞くと、菅義偉首相を筆頭に挙げられたとの逸話があります。

菅義偉首相が当選した2週間後の1996年11月8日に初取材をされているようです。

何かとても不思議な縁を感じます。

柿崎明ニの学歴は?

柿崎明ニさんは、秋田県立横手高等学校を卒業した後、早稲田大学第一文学部(現:文化構想学部と文学部)に進み卒業しています。

秋田県立横手高等学校は、1898年(明治31年)開校の歴史が古い学校です。

1955年(昭和30年)に現在の名称に変わり、現在は全日制と定時制の2つがあります。

偏差値は62で、秋田県内でも上位に位置する高校です。

早稲田大学第一文学部は2005年まであった学部で、現在は文化構想学部と文学部になっています。

偏差値は67.5となっており、卒業生の中には作家の五木寛之さんや俳優の堺雅人さん、キャスターの皆藤愛子さんなど、著名な方が多数輩出されている学部です。

柿崎明ニジャーナリストとしての評判は?

柿崎明ニさんの評価については、現在いろんな意見が出ています。

反権力の急先鋒として、様々な番組に登場しては政権に対し強い言葉で批判してきました。

著書「検証 安倍イズム―胎動する新国家主義」なども発刊し、ジャーナリストとしては体制迎合をしない意思を持っているようですが、ジャーナリストとしての評価や評判はあまり多くは見受けられないように思います。

今回そんな柿崎明ニさんが官邸の中に入ることに対し、他のジャーナリストやSNSでも批判や心配の声が多く出てきています。

ジャーナリストの須田慎一郎氏は

柿崎氏はこの8年間、『反安倍』で飯を食ってきた左派の人だ。

と述べ、権力の中枢に入ることに対し批判的な反応が多いようです。

同様に番組の出演者などからも、心配する声が聞こえてきます。

これまでのように、権力の中枢に対して進言するのか、それともミイラ取りがミイラのように権力にとりこまれてしまうのか、これからも柿崎明ニさんの言動に注目したいと思います。




柿崎明ニが菅首相補佐官に任命された理由は?

柿崎明ニが首相補佐官任命の情報が流れたとき、各種メディアでは一斉に報道が流れました。

ここ連日のワイドショーでも、多くの時間を割いて報道を行っています。

今回の首相補佐官任命については、メディア業界としてはそれほど関心が高かったようです。

メディア関係者から首相補佐官に任命された例は過去になく、今回が初めての試みであり、業界関係者からは青天の霹靂のごとき出来事であったからです。

この任命劇にも様々な憶測が飛び交い、菅義偉内閣からのメディア規制につながるのではないかと、心配の見方もあります。

加藤勝信官房長官は記者会見で、柿崎明二さんの任命理由は

柿崎氏は長年、政治・行政分野の報道に従事し、幅広い知識と経験を有している。首相が判断し、任命した。

必要に応じて首相に進言を行って頂く。菅政権において、縦割りや前例主義を打破し、既得権益にとらわれない規制改革に全力で取り組んでいく最中にあり、これまでの知識や経験を踏まえ政策全般について、評価や検証、さらには改善すべき点について、必要に応じて菅総理大臣に進言や意見具申などを行ってもらう。

と述べました。

見方を変えれば敵を手中に置くことで、政権がメディアに対する一種の牽制ということにも見られます。

ある情報によると、毎日新聞社に入社した頃から政治家になりたいと言っていたらしく、今回首相補佐官を受けた理由が、政治家になるための地盤固めというふうにも見えてきます。

柿崎明二氏が、これまでと同様に舌鋒鋭く菅義偉首相に対し進言できるのかどうか、今後楽しみの一つであります。

柿崎明ニの座右の書は?

柿崎明二さんの座右の書は「貞観政要」です。

貞観政要は中国の唐の時代に、歴史家の呉兢(ごきょう)の作といわれています。

汴 (べん) 州 (河南省開封) の人で、史館で編纂しているなかで撰述したのが貞観政要です。

唐の太宗の政治に関する言行を記録した書で、古来より帝王学の教科書とされてきました

主な内容は、太宗とそれを補佐した臣下たち(魏徴・房玄齢・杜如晦・王珪ら重臣45名)との政治問答を通して、貞観の治という非常に平和でよく治まった時代をもたらした治世の要諦が語られています。

耳の痛い話であっても、臣下の言葉にもよく耳を傾けることこそが、平和な時代を築くため最も大切なことだとの書ですが、柿崎明二さんはこの書にある魏徴のように菅義偉首相にも進言を行い、平和な治世を行おうとしているのでしょうか。

菅義偉首相が太宗のように、幅広い意見にも耳を傾ける政治家であればいいのですが、果たしてどのよう進言を行うのでしょうか、非常に楽しみです。

まとめ

  • 柿崎明二さんは1961年生まれ現在59歳で、秋田県横手市の出身です。
  • 柿崎明二さんは卒業高校は横手高等学校で、早稲田大学第一文学部を卒業しています。
  • 大学卒業後は、毎日新聞社に入社し、その後共同通信社に移籍しています。
  • 主に政治社会担当で、首相官邸や与野党の担当記者として取材を行ってきました。
  • 柿崎明二の座右の書は「貞観政要」です。
  • 2020年9月30日付で共同通信社を退職し、10月1日付で首相補佐官に任命されました。

これまでも述べたように、首相補佐官に任命された後でも、権力に対し進言を行っていくのか、それとも取り込まれてマスコミに対して規制強化の道具として使われるのか、どちらにしても柿崎明二さんの動向には目が離せません。

これからもその動向を注意深く見ていきたいと思います。