岸田内閣が誕生してまだ1ヶ月ですが、衆院選後動きが出てきました。
ニュース等でも取り上げられていますが、林芳正参議院議員が山口3区で鞍替えして出馬し当選。
この林芳正参議院議員が外務大臣になるのではと噂されています。
参議院の林芳正議員が鞍替えするとなると、現職の議員が勇退するか他の地域に移ることになりますが、現時点では現職の出馬が確定している中で、林芳正議員の鞍替え情報に対し、自民党内は揉めに揉めている状態だそうです。
では、参議院の林芳正議員が衆議院に鞍替えとはどういうことなのか、何故鞍替えするのかその理由など気になってしまします。
今回はそんな林芳正議員の経歴や学歴、派閥や家族構成、鞍替えの顛末や評判について調べてみましたので、詳しく紹介したいと思います。
林芳正の経歴は?
8月1日第199国会(臨時会)が招集されました。気を引き締めてしっかりと政策をつくっていきます。 pic.twitter.com/cbUYyLE80k
— 林芳正 (@hayashi09615064) August 1, 2019
林芳正参議院議員は1961年1月19日生まれの59歳で、日本の政治家です。
現在参議院5期目です。
東京都で生まれましたが、小学生のころ父親の衆議院選挙出馬に伴い現在の山口県下関市に移りました。
地元の小中高に通い、東京大学法学部を卒業後は、就職や留学をした後、父義郎氏の秘書をしていました。
参議院議員として初当選以来、5度の入閣や党の要職を務めているベテランの議員です。
今回、参議院の林芳正議員が鞍替えするとなると、現職の議員が勇退するか他の地域に移ることになりますが、現時点では現職の出馬が確定している中で、林芳正議員の鞍替え出馬の噂に対し、自民党内は一触即発の状態だそうです。
噂の地である山口3区に二階俊博幹事長が、派閥議員と大挙して押し寄せ、決起大会を行うことは、異例の状態です。
林芳正議員の経歴を見ていきます。
林芳正議員は、1984年に東京大学法学部第2類卒業後、三井物産に入社し、1989年に同社を退社しています。
三井物産退社後は林家のファミリー企業であるサンデン交通に入社し、同社社長秘書を務めました。
1990年にサンデン交通を退社し、その後は山口合同ガスに入社しています。
1991年4月にはアメリカ合衆国のハーバード大学大学院に特別研究生として入学しています。
1992年9月、そしてハーバード大学ケネディスクールに入学しています。
その間、1991年9月より米下院議員スティーブ・ニール氏の銀行委員会スタッフを務め、
1991年11月に退職し、米上院議員ウィリアム・ロス氏の国際問題アシスタントを務めました。
1992年12月、父の義郎氏が宮澤改造内閣にて大蔵大臣に就任したため、ハーバード大学院を休学し一時帰国しました。
帰国後は大臣秘書官を務め、1993年に行われた国会議員政策担当秘書資格試験にも合格しています。
1994年2月に、ハーバード大学ケネディスクールに復学し、1994年6月に修了。
1994年8月 から林義郎氏の秘書を務めました。
1995年7月第17回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で山口県選挙区から出馬し初当選。
2001年第19回参議院議員通常選挙で再選。
2007年第21回参議院議員通常選挙では、自由民主党に逆風が吹く中、山口県選挙区で民主党候補者を大差で破り3選しています。
2008年の福田康夫改造内閣では、初入閣し防衛大臣に就任し、2009年には内閣府特命担当大臣(財政担当)に就任しています。
2012年8月、次期衆議院議員総選挙での山口3区からの出馬を検討するも、現職・河村建夫氏が選立候補するため、断念しました。
同年12月には第2次安倍内閣として農林水産大臣に就任し初入閣しています。
2013年、第23回参議院議員通常選挙では、現職の農林水産大臣として選挙に臨み、民主党からの出馬はなかったため圧倒的な得票数で4選目を勝ち取っています。
2014年12月から第3次安倍内閣の中で農林水産大臣に再任されました。
2017年第3次安倍第3次改造内閣では、文部科学大臣に就任し、参議院としては異例ともいれる5回の入閣を果たしています。
2019年、第25回参議院議員通常選挙では、国民民主党の候補者らを大差で破り5選しています。
これだけみても、すさまじい経歴の持ち主であることは間違いありません。
今回の噂である衆議院に鞍替えについては、2012年の8月に出馬を検討していたことから、ここが発端になっているのかもしれません。
林芳正の学歴は?
林芳正議員は東京生まれではありますが、通産官僚である林義郎氏が1969年の第32回衆議院議員総選挙に旧山口1区から出馬するのに伴い、1973年に下関市に転居し下関市立文関小学校に転入しました。
住み慣れた東京から山口県への転居は、少年時代はとても不安だったのではないでしょうか。
1976年に下関市立日新中学校を卒業し、山口県立下関西高等学校に進学しました。
県立下関西高等学校は1920年(大正9年)創立の、100年以上続く歴史のある学校です。
偏差値は64で下関の中では一番の進学校で、県内でもトップクラスの学校です。
1979年に山口県立下関西高等学校を卒業し、同年東京大学法学部第2類(公法コース)に進学しました。
東京大学法学部は偏差値が67.5で、都内の国立大学の偏差値ではトップクラスです。
1984年に東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業しています。
東京大学法学部を卒業後、いったん就職するも1991年4月にハーバード大学に留学し、1994年に修了しています。
この間にアメリカ上・下院の議員事務所でアシスタントを務め、政治家としての基礎と経験を積んだものと思われます。
いずれにしても、超一流の学歴の持ち主であることは間違いありません。
林芳正の評判は?
林芳正議員の評判については特に悪評というべきものはありませんが、外交・安全保障・財政・金融まで幅広く精通する政策通である反面、理知的で周囲の信頼が厚いとされていますが、思い切りの良さや突破力に欠けるとの指摘もあります。
知識が豊富にもかかわらず、それを活かしきれない決断力の弱さがネックになっているのかもしれません。
林芳正議員の評判や印象についてのですが、その中で圧倒的に多かったのが「賢い」だったようです。
これまでの経歴をみても、優秀校を卒業していますので、発言や行動にも知性が溢れているような気がしますので、「賢い」という評価については、分かるような気がします。
林芳正の派閥は?
林芳正議員が所属している派閥は宏池会(こうちかい)・岸田派です。
宏池会(こうちかい)は、1957年設立で自由民主党の派閥で2020年1月現在では党最古参派閥です。
宏池会に所属している議員は衆議院34名、参議院13名で計47名が所属し、党内で3番目の派閥です。
林芳正議員は宏池会で現在座長をしています。
林芳正の鞍替え出馬の結末は?
10月8日時点での、林芳正議員から鞍替え出馬についての公言はないものの、発言の中で匂わせるようなことを連発したり、鞍替えについての意思はあるように見受けられます。
しかし、党の公認権は二階俊博幹事長が握っており、山口3区は二階幹事長の派閥である河村建夫議員がおりましたが2021年衆院選には出馬せずに引退表明しました。
現職優先を公言している二階幹事長が、鞍替えについて了承することは可能性としては0といっても過言ではありません。
では、そうまでして鞍替えに固執する理由とは何なのか。
やはり衆議院と参議院では党内においても発言の重みも違うため、党内で自身の発信力を高め、力を誇示するためにも、衆議院で出馬したいというのが本音ではないでしょうか。
その頃、河村建夫議員が73歳と高齢にもかかわらずに身を引いてくれず、他の選挙区では安倍前総理や大物政治家がいるため、そちらからの出馬は断念せざるを得なく、消去法でいくと山口3区しかないという、消極的な判断とみる人も少なくないようでした。
二階幹事長が山口3区に乗り込んだ理由は、自身の派閥議員に対し揺さぶりをかけているように見られる林芳正議員を恫喝し、圧力をかけることを目的としていたようです。
これを無理に跳ねのけ立候補しようとすると、自民党を離党し無所属で出馬する以外方法はありません。
無所属での出馬となると、自身の議席を失うことにもなるために、慎重に考えているのではないかと思います。
しかし、二階幹事長の逆鱗に触れてしまっているので、このまま行っても党内での発言力の低下は否めないようにも思います。
地元では高齢である河村議員より、若くて行動力もある林芳正議員への声も多いようですので、林芳正議員が今後どのような判断をするのか、地元でも注目されているようです。
山口3区内では、河村議員の事務所近くに自身の事務所を構えるなど、着々と準備はすすめているようですが、表立った動きを続ければ、反逆の意思と捉えられかねず、慎重な動きをしているように見えます。
もし、林芳正議員が出馬したとなると三つ巴の争奪戦になり、河村・林両議員が共倒れになることも懸念されるため、その覚悟が林芳正議員にあるのか、正念場が来ているように思います。
林芳正の家族構成は?
林芳正議員には、妻と20代の娘さんがいます。
奥様の名前は林裕子(ゆうこ)さんで、林芳正議員と同じ東京大学に通われていました。
現在、山口大学大学院で特命教授をされています。
裕子さんの実家は代々医者の家系で、大阪で開業医の次女として生まれました。
林芳正議員の妹・林玲子さんとは東京大学の同級生で親友だったようです。
もしかするとそれがご縁で出会い、妹さんがお二人のキューピット役になったのかもしれません。
裕子さんは東京大学卒業後、日本 IBM株式会社でシステム開発部門に配属されました。
林芳正氏と結婚後、マサチューセッツ工科大学のCenter for Advanced EngineeringStudy の研究員になりました。
1994年マサチューセッツ工科大学(MIT)Technology and Policy Program にて理学修士取得。
2006 年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学にて博士(学術)取得されています。
2007 年には、林芳正議員の地盤でもある山口大学大学院技術経営研究科研究開発型イノベーション非常勤講師として勤務され、准教授を経て現在は特命教授をされています。
ご主人にも負けない素晴らしい経歴をお持ちの上、美人で聡明な奥様と評判のようです。
娘さんのお名前は公開されていないために不明ですが、現在20代とのことです。
ひょっとしたら、ご両親の母校である東京大学に通っていたのかもしれません。
ご両親とも頭脳明晰であるため、それに負けないくらい優秀で素晴らしい方だと思います。
ご家族について新たに情報が入りましたら追記したいと思います。
まとめ
- 林芳正議員は1961年1月19日生まれで現在59歳
- 林芳正議員は東大法学部第2を類卒業し、ハーバード大学大学院に留学し修了
- 1995年の参議院議員選挙で初当選以来、5期連続で当選
- 林芳正議員はこれまで防衛大臣を始め、内閣府特命担当大臣、農林水産大臣(2回)、文部科学大臣と5度の入閣を果たす
- 林芳正議員には奥様と20代の娘さんがいる
- 林芳正議員は、山口3区に鞍替えして出馬の情報が持ち上がり、本人は明言しておらず、地元では出馬に向けた動きをしている
林芳正議員が外務大臣になるのではと噂されておりますが、近日中に発表があるでしょう。