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井川克彦の経歴や評判は?佐野市長選に出馬した理由は?

佐野市長選挙が2021年4月4日告示、2021年4月11日投票の日程で行われます。

井川克彦氏は、茨城県茨城町生まれの現在の年齢64歳です。

井川克彦氏は、専門学校卒業後1987年、佐野市で井川英語専門教室を開業
、8年後に会社設立し英語学校を設立。

2005年に佐野市議会議員選挙に立候補するも落選、4年後に佐野市議会議員選挙に立候補し当選、以後連続3回当選しています。

佐野市長選に出馬するのは初です。
井川克彦氏の経歴や評判をチェックしていきましょう。

佐野市長選挙得票数
  • 金子裕(無所属・新)2万7,752票 当選
  • 岡部正英(無所属・現)1万2,854票
  • 高際弘幸(無所属・新)6,520票
  • 井川克彦(無所属・新)5,914票
ちゅうこ
ちゅうこ
今回は残念な結果となりました。

井川克彦の経歴は?

【井川克彦の経歴】
  • 井川克彦氏は1957年3月18日、茨城県茨城町生まれの現在64歳
  • 1987年、佐野市で井川英語専門教室を開業
  • 1995年、有限会社ノアを設立し、教室の名称をノア外語学院に変更
  • 2005年、佐野市議会議員選挙に立候補するも落選
  • 2006年、有限会社ノアをノア・グローバル・コーポレーション株式会社に組織変更
  • 2009年、佐野市議会議員選挙に立候補し当選、以後連続3回当選
  • 2014年、佐野市議会副議長に就任
  • 2019年、佐野市議会議長に就任
  • 2020年12月、佐野市長選挙への立候補を正式表明

井川克彦氏は1957年3月18日、茨城県茨城町生まれの現在の年齢は64歳です。

英語教室開業の経歴

井川克彦氏は1987年、妻の実家がある佐野市で井川英語専門教室を開業しています。

井川克彦氏の妻の実家を間借りしてスタートさせてというのですから驚きです。

英検1級を持った講師と都内で有名進学校の生徒を指導してきた講師が指導するということが評判となり、さらに英検合格や大学受験で実績を上げたことで周辺地域から多くの生徒が集まったようです。

1991年に自宅兼教室を新築、1995年には「有限会社ノア」を設立し名称を「ノア外語学院」に変更しました。

その頃から外国人講師の常勤、幼児から社会人までの教室展開、企業研修をするようになり会社は発展していきました。
2000年には自社ビルを購入しています。

政治家としての経歴

井川克彦氏が政治家として活動し始めたのは、2005年のことです。

初めて出馬したのは佐野市議会議員選挙です。

残念ながら次点で落選してしまいます。

翌2006年、経営する有限会社ノアをノア・グローバル・コーポレーション株式会社に組織変更、株式会社として新たなスタートを切っています。

2009年に行われた佐野市議会議員選挙に再度立候補、1,987票を得票し当選を果たしました。

その後2013年の佐野市議会議員選挙では1,732票を得票、2017年の佐野市議会議員

選挙では1,636票を得票し連続で当選を果たしています。

井川克彦氏は市議会議員在職中の2014年に佐野市議会副議長に就任、2019年には佐野市議会議長に就任しています。

議長在任期間中には、栃木県市議会議長会会長、関東市議会議長会副会長・相談役、全国市議会議長会理事・評議員、佐野市議会監査委員などを歴任し、ノア・グローバル・コーポレーション株式会社代表取締役、佐野商工会議所議員、産業経済委員会委員長、金融情報教育部会部会長を務めています。

井川克彦氏は2020年12月、佐野市長選挙への立候補を正式表明しました。

井川克彦氏の血液型はO型、うお座のO型はロマンチストだと本人は語っています。

また井川克彦氏は高校時代柔道部に所属し新人戦で県3位になった実績の持ち主でもあります。

好きな言葉は「Bloom where you are planted」日本語に訳すと「植えられた所で花を咲かせなさい」という言葉を上げています。

趣味はカラオケと乗馬を上げています。

また井川克彦氏は若い頃から「ゴリちゃん」と呼ばれ、自身のホームページやYouTubeチャンネルにも

ゴリちゃんの愛称を使用しています。

井川克彦氏は英語講師として教室を開き、実業家として活躍する傍ら、市議会議員として地方行政の現場で働いてきた方なんですね。

経営者としての素養を政治に活かすことができる方だと感じます。

井川克彦の学歴は?

【井川克彦の学歴】
  • 茨城県立水戸第一高等学校卒業
  • 松本亨高等英語専門学校卒業

井川克彦氏は茨城県立水戸第一高等学校を経て松本亨高等英語専門学校を卒業しています。

井川克彦氏の母校、茨城県立水戸第一高等学校は1878年に茨城師範学校(現・茨城大学教育学部)の予備学科として設置され、近代の学校制度下で設置された高等学校としては県内最古で、水戸城本丸跡に学校があります。

幾度かの校名変更を経て、1901年「茨城県立水戸中学校」となり、1948年の学制改革で現在の校名になりました。

1950年から共学校となっています。

現在の偏差値は「73」で、茨城県トップクラスの名門進学校として知られています。

著名な卒業生として、代表作に「蒲田行進曲」や「仁義なき戦い」がある映画監督の深作欣二氏や現公明党代表の山口那津男氏、現茨城県知事の大井川和彦氏、オセロゲームを発明した長谷川五郎氏などがいます。

井川克彦氏のもう一つの母校、松本亨高等英語専門学校は、1951年~1972年までNHKラジオ「英会話」の講師を21年間務めた松本亨氏が開学した学校で、松本氏が提唱した「英語で考える」”Think in English”を柱とした教育機関でした。現在は閉校しています。

井川克彦氏は茨城県屈指の名門校から英語教育を専門とした学校に進んで英語を学んだ方なんですね。




【井川克彦の政策・公約】

井川克彦氏は以下5つの公約を掲げています。

5つの公約

1.災害に対する強さと、復旧復興へのしなやかな対応を迅速に進め、いつでもどこでも、安心して暮らせる強靱な新佐野市を実現します。

2.豊かな山林資源を有効活用し、キャンプ場の整備や里山再生による農山村の活性化と、企業連携による新たな魅力と価値の創造を実現します。

3.県企業局と共に産業団地造成と上場企業誘致を進め、雇用の創出と地域経済の活性化を図り、県南エリアをリードする中核都市を実現します。

4.PC・タブレットを活用した次世代教育の内容充実と共に、家庭でのオンライン学習環境整備支援など、ひとりも取り残さない教育を実現します。

5.佐野市独自の保健センターを創設し、コロナ禍での不安に対応すると同時に、地域医療と連携し24時間安心の救急医療体制を実現します。

①「災害に対する強さと、復旧復興へのしなやかな対応を迅速に進め、いつでもどこでも、安心して暮らせる強靱な新佐野市を実現します。」

渡良瀬川流域約10キロに渡って橋がひとつもなく、災害時には避難道路もないのが実情だとして、国土強靭化計画との整合性と隣接する市町との連携により、架橋および避難誘導路の設置に向け、県に強く要望するとしています。

また川上の整備により、豪雨災害に対処すると同時に、河川の土砂、川砂利などの再利用と処分場を確保するとしています。

要介護施設や障がい者施設からの避難所と避難経路の確保や被災箇所への柔軟な復旧対応の実施、中山間地における生活橋の補修の早期実施と避難誘導路の見直し、市の医療機関の災害時の情報共有と連携強化により、市の被災者支援を構築するとしています。

②「豊かな山林資源を有効活用し、キャンプ場の整備や里山再生による農山村の活性化と、企業連携による新たな魅力と価値の創造を実現します。」

佐野のキャンプ場を観光資源として活用するために、キャンプ・アウトドア関連企業や地元アウトレットに出店しているブランド企業との連携によって創造することや中山間地の耕作放棄地や遊休農地、家屋を活用した新しい移住定住策の推進、里山の再生、間伐材の有効活用などを上げています。

③「県企業局と共に産業団地造成と上場企業誘致を進め、雇用の創出と地域経済の活性化を図り、県南エリアをリードする中核都市を実現します。」

県企業局による上場企業を誘致するための大きな産業団地造成は未だ実現していないとし、都心70キロ圏内に位置し高速交通網と首都圏に隣接した立地条件を生かし、佐野田沼インターチェンジにも近い開発予定地を活用することによって大規模な産業団地造成により上場企業の誘致が達成し、定住人口や税収の増加に加えて、学力、医療のレベルアップにつなげることや、近隣都市との広域連携も大切にしながら、レジャー、防災、物流、産業の連携構築を探るとしています。

④「PC・タブレットを活用した次世代教育の内容充実と共に、家庭でのオンライン学習環境整備支援など、ひとりも取り残さない教育を実現します。」

教育へのICTの活用は重要であるとし、ICT教育の普及を図るために学校内外ネットワーク環境の整備をセットで進める必要を訴えています。ICT教育によって今までの授業では実現できなかったことができることや生徒が授業に積極的に参加しやすくなること、教員が効率的に授業を行うことができることなどを上げています。

⑤「佐野市独自の保健センターを創設し、コロナ禍での不安に対応すると同時に、地域医療と連携し24時間安心の救急医療体制を実現します。」

佐野市独自の保健センターを創設することや、障がい者施設等でのクラスター発生後の実情と、保健所の逼迫した状況に鑑み、市独自の支援体制の拡充を視野に、保健師、看護師資格を持った人材を活かした支援体制の構築、他言語対応にも力を入れること、24時間安心の救急医療体制のために、佐野厚生総合病院、佐野市民病院、佐野医師会との医療連携強化と充実のための支援などを上げています。

井川克彦氏は市議会議員を務めていただけあって、現状の問題点とそれに対応した方策を整理して公約としています。ただ長期的な公約が多く市長として1期目でここまで公約を実現する、2期目以降に実現するといったタイムスケジュールにはやや乏しい印象を受けます。

井川克彦が佐野市長選挙に出馬した理由は?

<出馬理由>

井川克彦氏は現市政の4期16年は評価するとしつつも、多選の弊害があり、現市政が見落としている課題を拾い上げ膠着した市政を再構築する必要があるとして立候補を決意したと述べています。

また「佐野市を県南の中核都市として成長させたい」と述べるとともに「さのまるなどで有名になったが、市の発展につながる資源として残っているのか」などと指摘し、自身の政策でこの街に住む人たち全てを優しく包むことが出来る街づくりを目指し、市民に優しく寄り添う政治にするとしています。

井川克彦の評判は?

「YouTubeチャンネル開設をお祝いして期待している」というコメントがありました。

井川克彦氏が政策や人柄を積極的に発信することについて好感を持っている方が多く、評判はいい方です。

井川克彦が当選する確率は?

2021年4月の佐野市長選挙は12年ぶりに投票が行われます。

現職は5期目となるだけでなく現在82歳の岡部正英氏です。
齢でもあり、多選・高齢への批判をどうかわすかが焦点になります。

新人3人もそれぞれ県議会議員や市議会議員経験者で保守支持層が4分裂している状況でもあります。
自由民主党栃木県連は4氏いずれにも推薦を出さず、立憲民主党・

公明党も自主投票となっており、激戦が予想されています。
井川克彦氏が当選するためには従来の支持層に加えて政策を訴えてどれだけ得票を伸ばせるかにかかっています。

井川克彦の妻や子どもはどんな人?

井川克彦氏の奥さんは井川由美子氏という方で、井川克彦氏が経営するノア外語学院の学院長を務めています。

井川由美子氏は英検1級、通訳、翻訳もこなし、女性の国際会議で日本の代表の一人として参加したりして日本人の英語力向上を目指している方です。

井川由美子氏の趣味は読書、ショッピングです。
井川克彦氏には2人の娘さんがいらっしゃいます。

詳細は分かりませんでしたが、ご本人の年齢を考えると娘さんたちが結婚していて井川克彦氏のお孫さんがいる可能性もありそうですね。

まとめ

  • 井川克彦氏は1957年3月18日、茨城県茨城町生まれの現在の年齢は64歳
  • 茨城県立水戸第一高等学校を経て松本亨高等英語専門学校を卒業
  • 1987年、佐野市で井川英語専門教室を開業
  • 1995年、有限会社ノアを設立し、教室の名称をノア外語学院に変更
  • 2005年、佐野市議会議員選挙に立候補するも落選、2009年、佐野市議会議員選挙に再度立候補し当選、以後連続3回当選、その間2014年には佐野市議会副議長に、2019年には佐野市議会議長に就任
  • 2020年12月、佐野市長選挙への立候補を正式表明