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吉田祐也の進路はGMO?就職先変更理由や強さの秘訣は?

青山学院大学を卒業した吉田祐也選手。

卒業後の進路は就職先として大手お菓子会社から内定をいただいております。

しかし、直近の走りにより、GMOアスリーツからも声がかかっているという情報も。

本記事では、吉田祐也選手の進路先について、社会人として内定をいただいている就職先に就職するのか、それとも現役続行でGMOアスリーツに進むのか、本人の実績、強みを含め紹介いたします。

2020年12月7日追記

2020年12月6日に開催された第74回福岡国際マラソンで、2時間7分05秒で優勝しました。  

ちゅうこ
ちゅうこ
卒業後の進路変更もうなずける、すばらしい2020年の成績ですね。

吉田祐也の進路はGMO?

大学3年生の時に大手お菓子メーカー「ブルボン」から内定をもらった吉田祐也選手。

ブルボンには陸上競技部は存在しません。

内定が出た時点では、大学卒業以降、陸上競技の現役を引退し、一般的な会社員として人生を歩むつもりでした。

ブルボンでは、2018年にスポーツ選手向けの「ウィングラム」を立ち上げ、ゼリーなどの補給食で青山学院などの選手をサポートしてきました。

そのため、吉田祐也選手もブルボンに進み、現役選手をサポートしたいという気持ちがあったのかと思います。

大分別府毎日マラソン後のインタビューでも「走ることに携わりたい」と話したことから陸上が好きで、陸上をサポートしたいという強い気持ちが感じ取れます。

その後、箱根駅伝2020や大分別府毎日マラソンで素晴らしい記録を残し、現役引退を惜しむ声が上がりました。

日本陸連長距離・マラソン戦略プロジェクトリーダーの瀬古利彦さんや、住友電工の渡辺康幸監督から潜在能力の高さを評価され、競技を続けることを薦められていました。

吉田祐也選手もこのような意見を聞いて進路を慎重に考えるようになりました。

考慮すること2ヶ月、出した吉田祐也選手の答えは、ブルボンへの就職は辞退し、GMOアスリーツへ所属し競技を続けることでした。

吉田祐也が就職先を変更した理由は?

「プロなるということはお金をもらって走ること。自分にその覚悟があるか熟考する。」

上記は、箱根駅伝2020を走った後の吉田祐也選手のコメントです。

その後、現役引退か現役続行か熟考を重ね、吉田祐也選手が出した答えは「現役続行」

GMOインターネットグループ(GMOアスリーツ)に所属し競技人生を続ける。

そして、 2024年パリオリンピックや2028年ロサンゼルスオリンピックのマラソン日本代表を目標にすると本人のコメントがありました。

さらに、社会人として「走ることを楽しむ」気持ちに加え、「責任感」を持って、長い時間をかけ地道に愚直に取り組んでいきます。と吉田祐也選手は話しています。

このコメントにありますように、プロとしての覚悟が決まったのが就職先変更の理由になります。

GMOアスリーツは、青山学院大学の原晋監督がアドバイザーとなり、青山学院の卒業生、一色恭志選手や森田歩希選手といった実力のある選手が所属しています。

さらに、上武大学の駅伝部の監督として、8年連続箱根駅伝に出場させるなどの手腕を兼ね備えた花田勝彦さんが監督を勤めています。

このような環境で、吉田祐也選手はどこまで成長していくか非常に楽しみですね。




吉田祐也の強さの秘訣は?

「自他共に認める、努力家」

これが吉田祐也選手の持ち味です。

青山学院の原晋監督、神林キャプテンから、「チーム一の練習量、青山学院の手本となる選手」と言われています。

吉田祐也選手は

「大学4年間で引退すると決めて、妥協なくやることが大事だと思った。クヨクヨせず、前を向いてやりました。睡眠から、食事から、私生活から、ストレッチから、何から何まで、人より取り組んできた。」

吉田祐也選手はいつも11番目の選手でした。

箱根駅伝でもエントリーされていましたが、当日のエントリー変更で出走できず。

その努力と貪欲な精神が、数少ないチャンスをつかみ、直近の実績に繋がったと思います。

吉田祐也は箱根駅伝で何区を走る?

吉田祐也選手はオールラウンダーの選手であり、どこの区間で走ってもベストの走りを見せてくれると思います。

また、区間賞をとる姿を見たいですね。

吉田祐也の成績は?

吉田祐也選手の今までの成績を見ていきます。

大学時代

日 付 大会名 距 離 記 録 順 位
2016年11月 関東学生挑戦競技会 10000m 29分44秒60 9組29位
2017年7月 世田谷記録会 5000m 14分19秒30 16組14位
2018年9月 全日本インカレ 3000m 29分47秒90 0組3位
2018年11月 全日本大学駅伝 12.4km(5区) 36分23秒 1位
区間賞
2018年11月 全日本大学駅伝 12.4km(5区) 36分32秒 3位
2020年1月 箱根駅伝 20.9km(4区) 1時間00分30秒 1位
区間新
2020年2月 別府大分毎日マラソン 42.195km 2時間8分30秒 3位
日本人トップ

吉田祐也選手はトラックのスピードもありますが、それよりも目立つのがロードの強さです。

全日本大学駅伝では、毎回区間上位の走りを見せてくれました。

それはトラックのような中距離と同じスピードがロードでも出せるのが吉田祐也選手の特徴です。

箱根駅伝では、毎回エントリーしながらも当日の選手変更等で走れませんでした。

しかし、今年の箱根駅伝2020では会心の走りで初めての箱根で区間新。

素晴らしい走りを見せてくれました。

その翌月、初マラソンとなった別府大分毎日マラソンでは終始第1グループで余裕のある走りを見せ、最後のラストスパートでは招待選手の海外選手を突き放す場面もありました。

最後は経験の差で僅差で負けましたが、終始優勝争いを見せてくれました。

結果として、初マラソンで2時間1桁台、出場した日本人選手でトップでゴールとなりました。

初マラソン2時間8分30秒は、歴代のランナーの中でも2位という結果でした。

遅咲きのランナーとなった吉田祐也選手ですが、以上のような走りを直近で見せたくれたことにより、ランナー引退はもったいないという声が大きくなりました。

結果として競技を継続することになったので今後の実業団、マラソン大会等での活躍に期待したいですね。

高校時代

吉田祐也選手は東京農業大学第三高等学校に通っていました。

同校は陸上競技校ではありますが、吉田祐也選手は全国大会などの出場はありませんでした。

吉田祐也選手が開花したのは大学に入ってからでした。

まとめ

  • 吉田祐也選手の卒業後の進路はGMOアスリーツに決定(競技継続)しました。
  • 内定をいただいた企業から進路変更したのはプロランナーとしての覚悟が決まったからです。
  • 吉田祐也選手の強みは誰にも負けない努力さ。貪欲さです。
  • 吉田祐也選手はトラックより、ロードのレースの方が強い、スタミナ型ランナーです。
  • 吉田祐也選手は中高では無名のランナーであったが、全日本大学駅伝で有力選手に打ち勝ち、名前が知られるランナーとなりました。
  • 2020年の箱根駅伝、別府大分毎日マラソンで素晴らしい成績を収め、報道等でも進路について騒がれました。
  • 2020年12月開催の第74回福岡国際マラソンで、2時間7分05秒で優勝